救急医と総合診療医 国越えた驚きの連携

グローバルに語ろう アジア医師と見る未来 その2

日本最大級の医療専門サイト であるm3.comのメンバーズメディア編集部様のご厚意で、ここに転載させていただけることになりました。将来海外で働くことを目指す医療者や、海外進出を考えているビジネスマン、そして医療系を目指す学生さんの参考になれば嬉しいです(マニアックすぎて需要がないか(´・ω・`)??)。

今回対談にお呼びした葵先生が所属するインターナショナルSOSには、私も北京/ハノイのクリニックドクターとして2014年から2017年ぐらいまで所属していました。いろいろな国の医療者がいて、Multicultural(多文化的)な環境とはこういうものかと、貴重な体験をすることができました。
その後いつの間にか、今所属しているRaffles Medical Groupとジョイントベンチャーして、いつの間にかRafflesの医者になっていたという経緯があります。会社同士が大きすぎて、下っ端の僕には『ある日よくわからないうちに病院の看板が変わっていた』という貴重な経験をし、『海外って怖いなー(ノД`)』と思ったのも今では良い思い出です。

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中島先生(左)勤務先のクリニック前にて 葵先生(右)、中島先生のベトナム人上司(中央)(画像:筆者提供_以下同)

 グローバル化が進む昨今、医師にとっても「海外」が身近な話題となっています。日本人の約100人に1人が海外で暮らす現代、先生方ご自身が国外で活躍したり、自分が診ている患者さんが外国に移住したりすることをサポートしなければならないことも十分あり得るのです。

 さらに新型コロナウイルス感染症が世界中で流行し、在留邦人に対する健康面・医療面のサポートのニーズが高まっています。いまや、医師という職業を続けていく上で、海外の事情に無関心では成り立たない部分があると言っても過言ではないでしょう。

 本連載では、ベトナムで総合診療医とヘルスケアビジネスのアドバイザーという二つの顔を持つ中島敏彦先生がご登場。先生と関わりのある医師、看護師、ビジネスマン――国際的に健康・医療分野で活躍する方々を招き、グローバル社会の中で医師に何が求められているか、探っていきます。

前回は中島先生の海外での仕事と、そこで得た学びをお伝えしました。今回からいよいよ対談のスタート。初回にご登場いただくのは、東京にいながら世界中の日本人患者を支える葵佳宏先生。3回にわたり、日本人医師にとって、世界で活躍するために必要な力は何かを考えていきます。

土日で5カ国を飛び回ることも――海外が舞台のフライトドクター

中島 私はシンガポールの日本人向けクリニックで海外でのキャリアをスタートさせましたが、その次に、国際的に医療アシスタンス・トラベルセキュリティを扱う「インターナショナルSOS(以下、Intl.SOS)」という会社に転職しました。葵先生は当時の同僚で、現在も仕事でご一緒する機会の多い、信頼している医師です。

 2014年のほぼ同時期に入社しましたが、勤務地も職務内容も異なっていたので、しばらく関わりはありませんでしたよね。仕事で関わるようになったのは、確か2016年ごろです。シンガポールで他の日本人医師も交えて一緒に飲みに行って顔見知りになり、そこから仕事でやり取りするようになりました。

中島 Intl.SOSについて説明すると、海外に進出する企業などと契約し、外国に駐在したり出張したりする社員に対して医療面・セキュリティ面でサポートする会社です。渡航前に医療アドバイスを提供したり、海外で社員が病気やけがをした際に24時間365日電話対応で相談に乗り、必要に応じて医療機関を手配したり、現地クリニックで高水準の医療を提供するなどの事業を行っています。

 医師にはいくつか役割がありますが、私はIntl.SOSが運営する現地クリニックの臨床医として働いていました。医療水準が低いとされる国で適切な診療・治療を行うためのクリニックで、現地の医師免許が必要です。

 私はクリニックではなく、シンガポールや東京などの事務所(アシスタンスセンター)で電話相談を受ける役割を担っています。

 経歴を簡単にお話しすると、私は琉球大学医学部を卒業後、首都圏での初期研修と麻酔・救急の専門研修を経て、2011年から沖縄県でドクターヘリのフライトドクターとして救急医療に携わりました。

 2014年にIntl.SOSに入社し、シンガポール本社で「コーディネーティングドクター(以下、CD)」という役割に就きました。シンガポールのアシスタンスセンターを拠点として東南アジアを中心に、国籍問わず病気や事故に遭遇した方などに対して電話でサポートする仕事です。

 2016年からは東京にてCDの統括である「メディカルダイレクター(以下、MD)」として、海外にいる日本人と訪日外国人を対象に、同様の業務を担っています。

 海外ですと、提供できる医療レベルが国・地域によってまちまちなので、高度な治療が必要な場合は国を超えて患者さんを搬送することもあります。それは「国際医療搬送」といい、搬送の必要性の判断、搬送用の飛行機や受け入れ先の調整も私たちの役割です。

中島 ベトナムの私と東京の葵先生がどのように関わるのかというと、現地で急患が発生した際に、私は葵先生の「目」となり、目の前の患者さんの症状や状態を葵先生に伝えます。葵先生はその情報を基に、国内外問わず、どこでどのように治療すべきかを判断するのです。

 また、現地の生の情報は現地の主治医が一番詳しいので、私がCDから医療情報を求められることもありますね。

 ところで、葵先生は先ほど「事務所を拠点に」と言っていましたけど、フライトドクターとして世界各国も飛び回っていたような…?

 CDとして入社したのですが、私はもともとフライトドクターがやりたかったので、シンガポール時代は休日にIntl.SOSのフライトドクターとしても活動していました。先ほどお話しした、国際医療搬送を行うため実際に飛行機に乗り込む仕事ですね。

 金曜の夜に飲んでいたら、土曜の朝一に急な出動依頼が来て、マカオの患者さんをマレーシアに搬送し、その後別の要請でホーチミンからシンガポールへ搬送、一仕事終わったと思ったら最後の要請で日本からシンガポールに患者さんを運び、週末だけで国をまたいで3件搬送したこともあります。

中島 葵先生は本当に飛行機が好きですね。私は、実はちょっと怖かったり…。

 そうなんですか?(笑) マイルは一切たまりませんが、世界を飛び回るのはいいですよ。

緊急手術したくてもできる病院がない――医師らの判断は

中島 ここからは、実際に私たちが協働した事例を基に、国際的に活躍する医師にとって必要な能力を考えていきたいと思います。

 私がホーチミンのクリニックで勤務していた時の事例です。日本人の10歳の少女がひどい腹痛を訴えて、夜に私のクリニックを受診。卵巣捻転が疑われました。しかし、ホーチミンの医療機関では高度な手術は難しい状況です。父親の所属する会社がIntl.SOSの会員だったので、今後のアドバイスをもらうことも兼ねてIntl.SOSに問い合わせました。

 その件を対応したのが、東京にいた私です。本来であれば、患者さんの症状や容体を、まずは現地の医師を介して把握する必要があります。しかし、この事例では幸いにも顔なじみの中島先生が担当していました。中島先生からの情報は確実に信頼できますし、お互いに何ができて何ができないのかを理解しています。中島先生は、痛みの強さや顔色など、現地にいないと把握しづらい情報を含めて的確に伝えてくれました。

 患者さんの病態が把握できたら、国際医療搬送を含めどこで治療すべきかを検討します。

 中島先生がホーチミン周辺の医療事情に詳しいのに対し、私たちCDやMDはベトナム全土、タイやシンガポールなど広い範囲の事情に精通しています。また、搬送に伴うリスクや、患者さんの金銭面を考えるとどこまで治療が可能か、遠方で手術を行った後はどこでどのように療養するかなど、中長期的な視点で検討するのもわれわれの役割です。こうしたCDとMDの知識・視点と、現場の臨床医が見た患者さんの生の情報を組み合わせて、今後の対処を判断するのです。

 あのときは、連絡が来た時点ですでに夜でしたから、国外で手術するにしても翌朝となります。国際医療搬送が必要であれば、一晩クリニックで痛み止めなどを使いながらなんとか耐えられないかと、中島先生に相談しました。

中島 数時間はクリニックで待てそうだという所見でしたが、問い合わせている最中に痛みが一度解消しました。このこともあり、現場としては、別の医療機関に搬送して即手術するよりもしばらく様子を見たほうが良いと考えました。

 最終的に今後のリスクを鑑み、その晩にバンコク発着の医療専用機を手配して、深夜のうちに患者さんをホーチミンでピックアップ。発症から24時間以内に、医療先進国であるタイにて手術を実施することができました。その後、患者さんは無事回復しています。

国が違っても“顔の見える連携”を

中島 葵先生とは“阿吽の呼吸”のようなものがあって、お互いが欲しいと思っている情報を素早く交換できる良い関係が築けていると感じます。海外で活躍するには、このような “顔の見える連携”が大事だと考えます。関係を作るために自ら行動するのも必須ですね。

 そうですね。私も患者さんにとってプラスになる関係を築けそうな人とは、積極的にネットワークを作ろうとしています。SNSで海外の医師へ気軽に友達申請を送ったりもしていますね。

 いろんなところでつながりを作っておいて、何かあったときに正しいタイミングで正しいボタンを押す。そうすると、自然と良いフローができてくるんです。

 CDやMDは、患者さんを目の前にして寄り添うことはできません。でも、中島先生のように信頼できる現場の医師との人脈があると、安心して患者さんを任せることができる。こういった人脈を頼って患者さんのために何かできるというのは、海外で活躍するうえで必要なスキルの一つだと思いますね。

中島 そうですね。これからもいい関係を続けていきましょう。

まとめ

 次回も引き続き葵先生に登場いただき、国をまたいで患者さんを搬送した事例をご紹介。別の視点から、グローバル社会で医師に求められる能力を探っていきます。