「退職届書いて」海外で医師に仰天要求!?

グローバルに語ろう アジア医師と見る未来 その11

日本最大級の医療専門サイト であるm3.comのメンバーズメディア編集部様のご厚意で、ここに転載させていただけることになりました。将来海外で働くことを目指す医療者や、海外進出を考えているビジネスマン、そして医療系を目指す学生さんの参考になれば嬉しいです(マニアックすぎて需要がないか(´・ω・`)??)。 

海外の病院(企業)で働くということは、日本でいうところの、いわゆる『外資企業』に身を置くということです。一見華やかですが、「実力主義」「ノルマが厳しい」「リストラが多い」といった、労働者には厳しい条件が常に頭をちらつきます。また外国人労働者という弱い立場になり易いので、そのような環境に打ち勝つにはどうしたらよいかを知っておくと、働くのが楽になるのではないかと思います。
 
今回もベトナムで人材紹介事業を行うJAC Recruitment Vietnam元社長の加藤将司さんをお呼びして、海外でキャリア形成をするために、必ず必要となる知識と闘い方の技術を教えていただきました!

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ベトナムにて、加藤将司氏(画像は筆者提供)

 グローバル化が進む昨今、医師にとっても「海外」が身近な話題となっています。日本人の約100人に1人が海外で暮らす現代、先生方ご自身が国外で活躍したり、自分が診ている患者さんが外国に移住したりすることをサポートしなければならないことも十分あり得るのです。

 さらに新型コロナウイルス感染症が世界中で流行し、在留邦人に対する健康面・医療面のサポートのニーズが高まっています。いまや、医師という職業を続けていく上で、海外の事情に無関心では成り立たない部分があると言っても過言ではないでしょう。

 本連載では、ベトナムで総合診療医とヘルスケアビジネスのアドバイザーという二つの顔を持つ中島敏彦先生がご登場。先生と関わりのある医師、看護師、ビジネスマン――国際的に健康・医療分野で活躍する方々を招き、グローバル社会の中で医師に何が求められているか、探っていきます。

 海外人材のプロである加藤将司氏との対談も3回目。今回は海外で働くうえでの「リスク」にスポットを当て、お話しいただきます。

海外で通用しなかった、医師の売り込み方

中島 今回は、海外で働くうえでの仕事環境に関するリスクを考えていきます。

 まずは前回もお話しした給与交渉。日本と違ってきちんと交渉しないと不利な条件を飲まされることもあります。

加藤 大前提として海外では、日本人はお金のことを強く言ってこないと思われています。その先入観を持たれていると覚えておいたうえで、給与交渉をしなければいけません。

 外資系企業に勤める医師から多く寄せられる相談は、主に契約やお金のこと。海外で外国人医師として働く場合、年間契約の助っ人的な働き方を求められることが大半です。その中で自分に価値をつけて、給与交渉をして金額を上げていくにはどうしたらいいか、という相談が多いですね。他の病院からのオファーレターを見せながら給与交渉をしたいので、オファーレターを出してくれる病院はないか、といった問い合わせもあります。

中島 私もこれまでの転職は、前任の日本人が急にいなくなってしまったり、ビジネスがうまくいっていなかったりしたから雇ってもらえた、というパターンが多かったんです。いわゆる助っ人であり、“火消し役”ですね。

 その中でどう交渉したかというと、自分の売り込み方を変えたんです。日本では「〇〇病院の医師の中島」だったけれど、海外ではそれでは通用しないのではないかと考えるようになって。例えば、「私は日本語と英語が話せるのに加えて、総合診療医として診察もできます」と言うと、私自身の医師としての価値を証明できますよね。

 それに加えて「海外経験が長い日本人医師だから実行できたビジネス」を意識して作り出すことで、「企業内でのビジネスマンとしての価値」をわかりやすい形で認めてもらえるようにしました。同時にこれらのことが、勤めている病院の中だけでなく、外部にも伝わるようにし、ヘッドハンティングを受けやすい状態にしておくことも大切だと思います。こうすることによって、労使関係に良い緊張感が生まれ、交渉の際に余裕が生まれます。

 病院のネームバリューに左右されずに、「中島という医師のところに患者が来る」という図式を海外で作れれば、病院の外からもいろいろなオファーが届きます。そのオファーを自分の名前で受け、院内の仲間と共に仕事をするという機会を増やしていったら、院内での自分の立場がどんどん上がっていきました。

加藤 外資系企業と日系企業ではそのあたりの戦い方が全く違いますから、最初は戸惑うことが多いと思います。海外で働きたいと思ったら、給料が低くても日系企業の方がおすすめです。そこでまず海外の雰囲気や環境に慣れてみる。自分が戦う環境がどんな場所なのかわかったうえで外資系企業に主戦場を移す方が、リスクの面でもいいと思います。

 外資系企業で働くことは、例えるなら“役者”のようなもの。自分を選んで使ってもらってなんぼの世界なんですよ。でも中島先生のように自分をセールスするという意識を持った医師というのは、おそらく多くはないでしょう。

「自主退職を勧告」されたことも?
――「解雇」が身近な海外

中島 解雇に関しても、日本とは違ったリスクがありますよね。海外では日本より解雇が簡単に行われており、とても身近です。

 私が海外で最初に就職したシンガポールの病院は日系企業だったこともあり、「会社が私の立場を守ってくれるのは当然」だと考えていました。でも、実際は守ってもらえなかった。

 シンガポールに移動して働き始めてから分かったのですが、就業のために必要な書類を病院側がそろえることができず、契約時に想定していた業務を行うことができませんでした。そのため1年近く無為に時間を過ごした挙句、最後には「自分から退職届を書いてすぐに辞めてもらえないか」という話をされたんです。通常は3 month noticeという決まりがあり、退職勧告をうけてから3カ月間ほど実際に退職するまでの間に猶予があります。

 実はこの話が出たときには、次の就職先が決まっていたのですが、相手側の不備で生じた不具合をそのまま受け入れて、もらえるはずの3か月分の給料ももらえずに泣き寝入りするわけにはいかない。自分から辞めるか、病院都合で辞めるかで退職金が全然違ったので、はったりをかましながら必死で交渉しましたよ。最後にはシンガポール人院長の部屋まで行って直接交渉し、こちらの要求を飲ませました。

加藤 そういう経験を積み重ねることで、海外で働く筋肉がついていくんですよね。「誰かが良きにはからってくれる」ことが多い日本では、ほとんど使うことのない筋肉だから、そうやって海外に行って鍛えるしかないんです。

中島 そうなんですよね。さらにそのとき学んだのが、海外において日本人の敵は日本人なのかもしれない、ということ。このトラブルのとき、当初直接やりとりしていたのは日本人の事務担当でしたが、最終的にはシンガポール側の上役に強く意見してもらえず、相談相手になりませんでした。結局、私が直接シンガポール人の担当者と英語を使ってやりとりするようになりました。

 当時はまだ英語があまり上手くなかったので、外国人を相手に交渉をするとなると、ストレートな表現で会話をするしかない。「アナタ、コレ人権侵害ヨ、チャント対応シテクレナイト、イッショニ警察イクヨ」くらいのことしか言えないから(笑)。英語が下手でも、ロジックを立てて話せばいいだけだということも、このときに学びましたね。

海外で働くことはまるで「プロレス」!?

中島 私は人材会社を挟まず海外で転職し働いてきたので、自分のセールス方法や給与交渉のやり方を経験しながら学んできました。一方で、早い段階から海外での戦い方を知っておけたら良かった…という思いはあります。

 でも自分なりの勝負の仕方や勝ちパターンって、自分で体験してみないとわからないところもあると思うんです。加藤さんもよく言ってますよね。「こっちは剣道の試合だと思って戦っていたのに、相手にいきなり毒霧吹かれた」って(笑)。

加藤 そうそう(笑)。セミナーではよくプロレスとボクシングの例えでお話していますね。

中島 向こうが毒霧を吹いてくるんだったら、こっちだって毒霧を吹いてもいいんですよね。

加藤 そうなんです!でも日本人はルールの中で生きることに慣れてしまっている。日本人はボクサーのごとく「1回でも負けたら引退」という考えから本気で戦うけれど、ベトナムのような新興国だと戦い方は完全にプロレスです。性別も関係なく、毒霧もあれば場外乱闘もあって、悪役レフリーもいる。パイプ椅子で殴りつけても怒られないし、最終的に勝敗は観客をより沸かせた方…という世界です。

 中島先生が先ほど話されたように、戦ってみないとわからない部分もあるけれど、少なくとも今まで自分が戦ってきた場所とは違うリングなんだと知っているだけでも違うのかもしれませんね。人材会社のコンサルタントを介すことで、そのあたりを早いうちからご理解いただけるというのはあると思います。

中島 私も加藤さんと出会うのがもう少し早かったら、いろんなことがもう少しマシだったかなと思うことがありますよ(笑)。

加藤 でもかっこいいですよ!どんな痛みにも耐えながら、独りで学んできたんですから(笑)。

中島 私は決して人に頼りたくなかったわけではなく、単に誰を頼っていいのか知らなかっただけなんです。ただ幸いだったのは、臨床医として、日ごろの診療を通じて多くの日本人の方と関わり、いろいろとお話を聞く機会が持てたことでした。そうして知り合いが増えて行って、加藤さんにも出会うことができたんです。

まとめ

 海外で働くことには日本とはまた違った種類の大変さがあり、“戦い方”は経験によって身に付けるしかない部分も大きいようです。ただしその違いを事前に把握しておくだけでも、海外で有利な戦い方をすることはできるのかもしれません。

 次回で加藤氏との対談も最終回。海外で働く医師が生き残っていくために必要なことについて考えていきます。