医師が海外の民間企業で「副業」を始めたワケ

グローバルに語ろう アジア医師と見る未来 その13

日本最大級の医療専門サイト であるm3.comのメンバーズメディア編集部様のご厚意で、ここに転載させていただけることになりました。将来海外で働くことを目指す医療者や、海外進出を考えているビジネスマン、そして医療系を目指す学生さんの参考になれば嬉しいです(マニアックすぎて需要がないか(´・ω・`)??)。 

今回は私がアドバイザーとしてお手伝いさせていただいている、医療商社のクローバープラス代表取締役の佐々木英樹さんをお招きして、日本人医療者が海外進出している日本企業で働く意義について教えていただきました。

日本でも2017年の末頃から副業を持つことが推奨されていますが、ベトナムでは副業を持つことは昔からごく当たり前のことです。私がクローバープラスで働き始めたのも2017年からで、クリニックの臨床医として働いているだけでは出会わないような方々にお会いできたり、さまざまな経験を得ることができました。
もちろん今臨床医として勤務している職場をやめたとしても、その後もベトナムの医療に関わり続けることができるというメリットは何物にも代えがたいですし、将来のキャリアチェンジのきっかけになるかもしれません。

医療者だけではなく、様々な職種において同様のチャンスはあるのではないかと以前から考えていたので、海外で副業を持ちたい方のご参考になればと思い今回の対談を企画しました。

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中島先生(右から1番目)と佐々木氏(右から2番目)_画像は筆者提供_以下同

 グローバル化が進む昨今、医師にとっても「海外」が身近な話題となっています。日本人の約100人に1人が海外で暮らす現代、先生方ご自身が国外で活躍したり、自分が診ている患者さんが外国に移住したりすることをサポートしなければならないことも十分あり得るのです。

 さらに新型コロナウイルス感染症が世界中で流行し、在留邦人に対する健康面・医療面のサポートのニーズが高まっています。いまや、医師という職業を続けていく上で、海外の事情に無関心では成り立たない部分があると言っても過言ではないでしょう。

 本連載では、ベトナムで総合診療医とヘルスケアビジネスのアドバイザーという二つの顔を持つ中島敏彦先生がご登場。先生と関わりのある医師、看護師、ビジネスマン――国際的に健康・医療分野で活躍する方々を招き、グローバル社会の中で医師に何が求められているか、探っていきます。

 今回ご登場いただくのは、ベトナムで医療商社としてビジネスを展開する「クローバープラス社」の代表取締役・佐々木英樹氏。ベトナムのヘルスケアビジネスに精通する佐々木氏と、その良きパートナーとしてアドバイザーを務める中島先生とで、医師が海外の民間企業で働く価値や魅力について語っていただきます。

海外で気づいた「副業」の可能性

中島 私がベトナムでキャリアを形成するにあたって非常に助けてもらっているのが、佐々木さんがいらっしゃるクローバープラスです。今の私があるのは、病院の臨床医としてだけでなく、佐々木さんやクローバープラスの方と一緒にヘルスケアビジネスに関わってきたことが大きいです。ぜひお話を伺いたいと思っていました。最初に佐々木さんとお会いしたのは4、5年前でしたね。

佐々木 はい。ある医療法人の医療スタッフがベトナムに来られて、その方と中島先生がお知り合いで、食事の席で一緒になったのが最初でした。

中島 佐々木さんの経歴と会社についてお話しいただけますか?

佐々木 私は完全に文系の人間です。学生時代は海外を旅行するバックパッカーでして、いろいろな国をめぐる中でベトナムに興味を持ったのが始まりです。大学院では発展途上国の経済発展を研究する開発経済を専門的に学ぶようになって、NGO(非政府組織)を通じてベトナムで開発の手伝いをしたりしていました。

 あるとき、日本の医療団とベトナムの南部の農家に行く機会があって、そこで、多くの小児麻痺の患者が、治療も受けられず、家から外にも出されない状態にあるのを目にして、非常にショックを受けたんですね。それまで開発経済を勉強していましたが、実際の現場の問題はそういったところじゃないと痛感し、改めて医療の重要性を実感しました。

 そこで、私は医師でも看護師でもないけれど何かできないかと考えて、日本の医療機器や医療器具を扱う会社をベトナムで2013年に立ち上げました。日本の製品がベトナムの医療機関に使われることで、ベトナムのヘルスケアのボトムアップをお手伝いしたいと思っています。

 最近はスポーツ分野に興味があり、スポーツサポーターの普及にも力を入れています。コロナ禍を経験したことで日々の健康管理が注目されているので、今後はランニング人口などが確実に増えていくと思っています。

中島 いや、海外でビジネスをやるのって本当に難しくて、騙されることも、スタッフが失敗することもあるし、日本本社の命令で撤退しなきゃいけないとかざらですよ。だから一般的に3年以上続けられているだけで奇跡に近い。それだけでクローバープラスのことは信頼できました(笑)。

佐々木 ありがとうございます。私の会社の母体は大阪で25店舗の調剤薬局(ジョブ・クローバー株式会社)を運営していますし、非常にオープンでクリーンな事業をすることを大事にしていて、それが現地の方の信頼を得ることにつながっているのかなと思います。

中島 私がクローバープラスで働くことになった経緯としては、まず海外で働いていると、日本企業から、「医療進出をしたいから現地の医療状況について教えてほしい」とか、本当によく相談されたり聞かれたりすることが背景としてあります。相談するのはいいけど、ベトナムに住んでいる外国人を相手にしている、ベトナム人ではない医師に聞いてどうするの?って話で、最初は対応するのが面倒だなと思う気持ちも正直あり、あまりちゃんとした対応をしていなかったんです(笑)。

 でも、これはビジネス化できるんじゃないか、信頼できるパートナーがいれば、自分にも日本企業の医療進出のお手伝いができるのでは?と副業を考えるようになったんです。

 ベトナムは当たり前に副業ができる国なので、周りのベトナム人がやっているのを見て焦りました。海外の企業は人を切ることになんの躊躇もないので、収入の柱を別で持っておいて、いつ本業を辞めてもいい状態にしておくことが必要だとも感じていましたね。当時は、日本に帰って戦略コンサルティング会社で働くキャリアプランも考えていたので、その練習になるかもという考えで、本格的に副業を検討し始めました。

 そんなとき佐々木さんと知り合って、企業から持ち込まれた相談や困ったことを佐々木さんにお話ししていたんですね。するととりあえず案件ベースで一緒に働いてみようかという話になり、今のようなアドバイザーの関係になりました。お互いに何ができるか確かめながら、結果として今こんなことができるとわかってきているところですね。

佐々木 私たちにとってもすごくありがたいお話でした。それまで、医療の臨床的な部分の疑問は自力で調べていたので、中島先生のように臨床の現場で働く医師に意見を言っていただけると、私たちも安心できますし、顧客であるベトナムの医療機関に対しても説得力が違います

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現地でクローバープラスのスポーツ商材をデモ

ビジネスを通じて変わった、臨床現場の見方

中島 これは、佐々木さんたちと一緒に働くようになった後で気づいたメリットでしたが、国内のさまざまな医療機関を相手にするこの副業を通じて、ベトナムの医療現場、特にローカル病院についてもよくわかるようになり、それが臨床の現場で役立っています

 私が働いているラッフルズクリニックはシンガポールの私立病院のグループ企業なので、そこに勤めている限り、ライバル病院は同じような外資で外国人相手の病院になるし、紹介する病院も同じレベルなので、ベトナムのローカル病院とかベトナムのコミューンの中の診療所について、それまで見たことも考えたこともなかったんですよ。

佐々木 今だと、私たちと一緒にベトナムの病院へ行くこともありますね。

中島 ええ。行ってみて初めて「ヒドイな、ここ」ってなることがありました(笑)。

 アドバイザーとしての仕事の中でベトナムのローカル病院に出向く機会が生まれ、病院とも直接関わるようになったおかげで、今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の見方も変わったと思います。

 ベトナムでCOVID-19にかかると、外国人であろうとベトナムのローカル病院に入院することとなります。法律上、外資の病院でCOVID-19感染者の受け入れはできませんから。

 さらに、ベトナムの外国人コミュニティ内に超救急病院はないので、外国人の超重症者が出た場合、平時だと飛行機に乗せてシンガポールやタイへ連れていきます。しかし、COVID-19の流行下では国外への移送に制限がかかっているので、ベトナムで治療を完結するしかなくなるんです。

 しかし、ベトナムのCOVID-19に対する医療体制は決していいとは言えず…。「日本人患者さんをベトナムの病院に送ったらやばい、でもCOVID-19にかかってしまうとそうせざるを得ない」という状況が、実感を持って理解できました。日本人患者さんにCOVID-19の予防についてお伝えするとき、このことを具体的に説明できたのはよかったですね。

副業の「種」が医師に集まった理由は?

佐々木 そもそも副業のきっかけは、中島先生のところにいろんな相談や案件が集まったからでしたが、これは臨床医としての専門性だけでなく、コミュニケーション能力の高さもあるからじゃないでしょうか。

中島 私の家族からは、コミュニケーションがダメってどやされていますけど…(笑)。

 確かに相談や案件は、多いときは本当に多いですよね。大小さまざま。ODA(政府開発援助)が絡んでいるような経産省や総務省なんかの国がらみのものもあれば、ネットで探しても実態がよくわからないという一企業までいろいろです。

佐々木 今はコロナ禍で開催できていませんが、中島先生が実質の発起人で、医業に関わる人たちが集まる交流会も2年前まで毎月ベトナムでやっていたじゃないですか。私たちと中島先生が食事をして飲んで喋っていたのがきっかけで(笑)。

 毎回20~30人くらい集まる規模になったのは、「中島先生がいるから行こう」って感じで医療関係者、製薬会社、商社や建設会社の人まで集まってきたからです。ワイワイがやがや、ベトナムの医療について意見交換していましたね。その中で実際のビジネスにつながったこともよくありました。

中島 この会は私にとってもありがたかったんですよ。自分には扱えないなと思う案件を、ひとたびこの会で話題提供するといろんな人から意見をもらえたり、できる人にまかせて勝手に発展してもらえたりもしたので助かっていました。

佐々木 勉強会も開催して、中島先生だったらベトナムの医療について、保険会社の人だったらベトナムの保険について話すなど、各専門分野の人が順番に講師をして非常に勉強になりました。参加した人からの評価も高かった。また再開したいですね。

中島 コミュニケーションということでいうと、日本にいた頃、静岡がんセンターの緩和医療科で2年間修業している時に、コミュニケーションスキルトレーニングを行っていました。どうやってバッドニュースを伝えるか、相手の感情を受け止めるか、ものすごくトレーニングを受けました。今もそこに立ち戻ってコミュニケーションを立て直すことはありますね。そしてこれが今、ビジネスを進めることにもとても役立っています。

 もともと性格的に我慢する方ではないので、ズバッと言ってしまうんですよ(笑)。それでも大丈夫なのは、いい人に囲まれているからだなーって。単純に、ラッキーなのかなって思います(笑)。

まとめや次回予告

 中島先生が海外の民間企業で働くようになった経緯を通じて、海外の民間企業で働く魅力について探っていきました。次回は、医師がどのように企業で働いているのか、より具体的な仕事内容やその面白さをご紹介します。

<参考リンク>
クローバープラス社