意外と知らない「総合診療」 海外医師と大解剖!

グローバルに語ろう アジア医師と見る未来 その16

日本最大級の医療専門サイト であるm3.comのメンバーズメディア編集部様のご厚意で、ここに転載させていただけることになりました。将来海外で働くことを目指す医療者や、海外進出を考えているビジネスマン、そして医療系を目指す学生さんの参考になれば嬉しいです(マニアックすぎて需要がないか(´・ω・`)??)。 

今回はイギリスとオーストラリアでそれぞれGP(General Practitioner)となり現在は日本のNTT東日本関東病院で総合診療に携わる佐々江龍一郎先生とレニック・ニコラス先生をお招きして、海外と日本における総合診療医の違いを教えていただきました!

私自身、総合診療医のトレーニングを行う場所を、日本にしようか海外にしようかと迷った挙句、シンガポールへと飛び出したわけですが、現在の日本の総合診療の状況が、海外の状況と比較できてとても勉強になりました!

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佐々江龍一郎先生(左)とレニック・ニコラス先生(右)

 グローバル化が進む昨今、医師にとっても「海外」が身近な話題となっています。日本人の約100人に1人が海外で暮らす現代、先生方ご自身が国外で活躍したり、自分が診ている患者さんが外国に移住したりすることをサポートしなければならないことも十分あり得るのです。

 さらに新型コロナウイルス感染症が世界中で流行し、在留邦人に対する健康面・医療面のサポートのニーズが高まっています。いまや、医師という職業を続けていく上で、海外の事情に無関心では成り立たない部分があると言っても過言ではないでしょう。

 本連載では、ベトナムで総合診療医とヘルスケアビジネスのアドバイザーという二つの顔を持つ中島敏彦先生がご登場。先生と関わりのある医師、看護師、ビジネスマン――国際的に健康・医療分野で活躍する方々を招き、グローバル社会の中で医師に何が求められているか、探っていきます。

 今回ご登場いただくのは、NTT東日本関東病院の佐々江龍一郎先生、レニック・ニコラス先生。同じく海外での総合診療医としてキャリアを持つ中島先生とで、海外と日本における総合診療医の違いやその魅力について語っていただきます。

患者さんをそばで支える
海外の「総合診療医」の魅力

中島 佐々江先生とは、3年ぐらい前に、たまたま講演でご一緒したのがきっかけでしたよね。佐々江先生が総合診療の話をして、私がメディカルツーリズムの話をして。

佐々江 そうですね。総合診療に熱くて、海外で働いた経験があるという共通性もあって、そのあと何回かZoomでお話ししましたね。

中島 そうそう。その時にこの連載企画の話になったんですよね。実現してよかったです。

佐々江 はい!今日は同僚でオーストラリア人のレニック・ニコラス先生も交えてお話しできればと思います。

中島 それではお二人のご経歴と、なぜ総合診療医をめざしたのか、その理由や背景などを教えていただけますか。

佐々江 私は12歳の時に親の仕事の都合で渡英しました。ノッティンガム大学の医学部を卒業して、GP(General Practitioner:総合診療医)の専門医を取得したあと、そのままイギリスの医療機関で約10年間GPとして働いていました。その後、2016年に日本へ帰国して、現在の病院で総合診療科と国際診療科の医師として勤務しています。

 GPになりたいと思った理由は、患者さんの人生に関われる仕事だと思ったからですね。病棟で働いていた時に、急性の心不全を治療し終えたはずの患者さんが、またすぐ病院に戻ってくるという状況を何度も目の当たりにしました。その時、もっと日ごろから体調のケアやメンテナンスがされていたら、こんなことにならないのではと感じました。そこで、患者さんの日常を支え、人生をサポートしたいと思ったんです。

 あと、初期研修でGPをローテーションした際、良い指導医にめぐりあえたのも大きかったです。その先生は患者さんと友達感覚で接したり、喋ったりとすごく慕われていて、そんなふうに患者と近くて、その人生に関われる医師っていうのはいいなと思ったんですよね。臓器を横断してなんでも診れるようになりたい気持ちもあったので、そういう意味でもGPに憧れました。

ニコラス 私はシドニー大学の医学部を2015年に卒業して、総合診療科のための初期研修と後期研修をオーストラリアで修了。専門資格を取ったその日に、念願だった大好きな日本へ出発しました。2020年に日本の医師免許を取得し、今の病院で総合診療科 兼 国際診療科の医師として勤務しています。

 総合診療医をめざしたのは、医学部で勉強している時にGPのクリニックを初めて見て、「なんて温かい雰囲気で、人間性のある仕事なんだろう」と感じたからです。

 GPは、患者さんの一つの問題ではなく、健康状態をどういうふうに良くしようかというところから始まるので、すごく働き甲斐のある仕事だと感じました。人間関係を作り、頼られて、患者さんの人生を変えられるような仕事だと思って、1年生の時から絶対なりたいと思っていました。

「紹介しづらい患者さんが来る」?!
日本の総合診療医、本当の姿は…

中島 私自身、逆に日本の総合診療がよくわからなくて。日本にある日本人向けの総合診療科ってどんな感じですか?

ニコラス 特定の診療科に紹介しづらい症状を持つ患者さんが来ますね。

中島 紹介しづらい患者さん?

ニコラス 日本の総合診療の役割というのは、GPとは違います。日本の大病院にある総合診療科の一番大きな役割は、どの診療科に当てはまるかわからないほど診断が明確でない患者さんに対して、診断をしっかりとつけることです。あとの細かい治療については他科に紹介することが多いですね。

 当院は主に、開業医の先生から病院に紹介希望が来たけど、どこの科に回すべきかわからない症状のときに総合診療科へ紹介されます。

 熱源精査が一番多いです。熱があるんだけど、原因がわからない。消化器内科に紹介しても振られちゃう、呼吸器内科に紹介しても振られちゃう、じゃあ総合診療科で診てもらおう、みたいな感じです。

佐々江 だからこそ、問題解決をしていきたいという思いでやっています。その患者さんの問題を解決するためにはどうしたらいいか、プロセスをしっかり考える。結局、他科で困っている患者さんはいっぱいいて、解決しないとやっぱりグルグル回っちゃうので。

ニコラス たらい回し防止です(笑)。

佐々江 例えば、パニックを起こした患者さんが動悸で来院した場合、恐らくパニック障害に起因する症状だと思いつつも、総合診療医としてはしっかり診察したうえで循環器疾患を除外することが重要です。

 加えてそれ以上に、パニックにならないでくださいね、精神科にかかってくださいねと言うよりは、なんでパニックを起こしているんだろうと考えたり、原因を取り除いてあげたりすることが重要です。例えば仕事でストレスを抱えていた患者さんに対し、産業医と話して業務量を調整してもらったこともあります。

 もちろん、簡単な抗うつ薬を処方したり、カウンセリングを紹介したりするなどいろんなパターンがあるので、患者さんの問題を最後まで解決するにはどうしたらいいだろうと考えるのはルーティンにしていますね。

かかりつけ医制度が厳格なイギリス
GPの役割は?

中島 日本と海外とで総合診療医、GPの役割は違うとおっしゃっていましたね。

ニコラス はい、全然違います。

佐々江 イギリスでの仕事としては、ゆりかごから墓場までじゃないですけど、基本的には子どもから大人までなんでも診ます。かかりつけ医制度は日本でもありますけど、イギリスはそれが極めて厳格です。救急に関わるような急性疾患でない限り、まずGPにかかって、そこを起点に医療を進めます。

 日本だと「総合診療医は他科に振る人」だと誤解されやすいんですけど、海外のGPの実状はそうではありません。統計をとると大体9割ぐらいの患者さんがGPで完結していて、ほんの1割を病院の専門医に紹介しているんです。実は診療所とか、プライマリ・ケアで解決できる疾患がほとんどなんですよね。

 ただ、包括的に患者を診るというのはある意味結構大変で、ちゃんと診るためには経験を積んでいくプロセスは重要になります。

中島 ニコラス先生、オーストラリアもイギリスと同じような感じなんでしょうか?

ニコラス はい。オーストラリアの医療制度は、イギリスを真似て作られたので、GPの役割はとても似ています。私が日本でGPらしい仕事をしたと感じたのは、熱海の初島診療所です。初島は小さな離島で、大きな検査や専門家に診てもらうためには船に乗らないといけないので、診療所の中でなるべく患者さんのニーズに合うように対応しています。それこそGPのマインドセットだと感じました。

中島 ベトナムだと、ベトナムはフランスの植民地だったので、医療制度がヨーロッパと似ているんです。医学生は大学を卒業すると、まずは全員GPとして働くことが義務付けられています。そのあと、限られた一部の人が専門医になっていきます。

 一般的なベトナム人の病院のかかり方としては、イギリスのリファラルシステムのように、GPクリニックで無理なものは市の病院、そこでダメなものは国の病院という順に進んでいかないと保険制度に乗れない仕組みです。いきなり高次の病院に行っても保険診療はしてもらえません。こんなふうに一つずつ進んでいく感じはヨーロッパのGP制度によく似ているんじゃないかと思います。

 私が所属している外資の民間クリニックはGPクリニックを標榜しているので、それこそどんな症例でも診療しなくてはなりません。しかも、患者さんの多くはベトナムに働きに来ている外国人で、できる限り当院の中だけで問題を解決してほしいと希望しています。そんな環境で働いてきた期間が長く、私に総合診療の指導をしてくださった先輩医師はイギリス人だったりフランス人だったりでしたから、佐々江先生とニコラス先生の考えと同じく『患者さんの問題を最後まで解決するにはどうしたらいいだろう』と考え、行動することが当たり前だと思っていましたね。

まとめや次回予告

 日本、イギリス、オーストラリア、ベトナムそれぞれの、総合診療に関する制度やニーズの違いについて探っていきました。次回は、具体的な症例を通じて、より総合診療の魅力について詳しくご紹介します。