うつ病に喫煙に糖尿病に…総合診療医が出会った一人の患者

グローバルに語ろう アジア医師と見る未来 その17

日本最大級の医療専門サイト であるm3.comのメンバーズメディア編集部様のご厚意で、ここに転載させていただけることになりました。将来海外で働くことを目指す医療者や、海外進出を考えているビジネスマン、そして医療系を目指す学生さんの参考になれば嬉しいです(マニアックすぎて需要がないか(´・ω・`)??)。 

今回は総合診療医としての醍醐味をレニック・ニコラス先生に熱く語っていただきました!
さらに、海外の良さと日本の良さを合わせることで見えてくる、日本の総合診療の未来の展望についても教えていただきました!

これから総合診療医を目指す方は是非ご覧ください!

写真

オーストラリアの病院にて、レニック・ニコラス先生(左)(画像:筆者提供)

 グローバル化が進む昨今、医師にとっても「海外」が身近な話題となっています。日本人の約100人に1人が海外で暮らす現代、先生方ご自身が国外で活躍したり、自分が診ている患者さんが外国に移住したりすることをサポートしなければならないことも十分あり得るのです。

 さらに新型コロナウイルス感染症が世界中で流行し、在留邦人に対する健康面・医療面のサポートのニーズが高まっています。いまや、医師という職業を続けていく上で、海外の事情に無関心では成り立たない部分があると言っても過言ではないでしょう。

 本連載では、ベトナムで総合診療医とヘルスケアビジネスのアドバイザーという二つの顔を持つ中島敏彦先生がご登場。先生と関わりのある医師、看護師、ビジネスマン――国際的に健康・医療分野で活躍する方々を招き、グローバル社会の中で医師に何が求められているか、探っていきます。

 前回に続き、日本で総合診療医として活躍される佐々江先生、ニコラス先生がご登場。中島先生と共に、総合診療医の仕事や魅力について、症例を交えながら語っていただきます。

これぞGPの醍醐味!
数ヶ月間、毎週診ていた患者さんが…

中島 前回お話をうかがって、海外のGP(General Practitioner:総合診療医)と日本の総合診療医の違いはかなりあると感じました。実際にどのような事例を扱うのか、先生方がGPとして関わられた症例を聞かせてください。

ニコラス オーストラリアの 30歳男性の事例です。この人は総合失調症とうつ病が深刻で、クリニックの入り口で急に泣き出し、毎日悲しくて自殺したいと言っていました。今までも精神科で診てもらっていましたが医師を全く信用しておらず、処方された薬は自分の健康を悪くする薬だと思い込んで、飲んでいませんでした。

 これはすごく解決しにくい状態で、別の精神薬を出せば済むという話ではもちろんありません。ゆっくり患者さんと話して、どういう治療方針が良くて、薬の中でどういうところが嫌だったのか、どういうふうにしてほしいのかを相談しながら、彼が納得するような治療方針を決めていきました。このプロセスを通して、まずうつ病と統合失調症の改善が見られました。

 さらにいろいろ話していると、健康問題は気分の問題だけではなく、タバコを吸っていたりお酒をものすごく飲んでいたりすることも原因だと分かりましたので、禁煙とお酒をやめるための薬を出しました。血液検査で糖尿病と高血圧と高脂血症も判明したので、それらも順番に解決していきました。

 また、診療を重ねていくうちに、この方はゲイで、HIV 予防のためのPrEPも欲しいという話もいただきました。これはもちろん、新しい医師にはなかなか言えないことでしょうが、長い付き合いの中で、信頼関係ができていたからそういう話もできたんです。

 何ヶ月もの付き合いになり、その間、ほぼ毎週会っていましたが、最終的に彼は一変しました。会った当初は死んだほうがマシと思うくらいの精神状態だったのが、人生が全部変わって、気分がハッピーなだけでなく体も元気になりました。

 医師としてもプライドを持てるような症例で、「一緒に頑張って健康を良くしたね」という達成感があって、これこそ GP だとその時に思いましたね。

中島 なるほど。私も総合診療医として日本人駐在員を診ていますが、ベトナムの環境や職場環境が原因と考えられる精神の不調をきたした患者さんに多く出くわしますね。海外で精神疾患を起こした場合は母国に帰るのが基本ルールですが、それが難しい場合はベトナムで治療せざるを得ません。私が職場環境をヒアリングしたり、場合によっては心理カウンセリングをいれたりすることもあります。

 ただ難しいのは、ベトナムには日本人に対応できる心理カウンセラーがいないんです。精神科診療の50%は本来的にカウンセリングを使う必要があると言われていますが、海外で日本人の精神科疾患を診るのは言語の問題や医療体制の問題があるので、基本無理だと考えています(苦笑)。それでも何とかうまく解決していかないといけないのが、ベトナムで働く日本人総合診療医のつらいところです。

車で轢かれるなら日本がいい!?
海外ならではの事情とは

中島 それぞれ海外と日本、両方の総合診療に携わってこられた先生方が感じる、日本と海外の医療現場・システムの違いや、また日本の良さは、どういったところでしょうか?

佐々江 日本人の医師はものすごく知識が豊かだと感じますね。そういった意味で、すごくリスペクトはあります。専門性の中に入っていくと、ものすごくいい治療をしてくれたり、モノが進むのが速かったりするんですよね。そういう意味だと、本当にシステムとしていい機能をしていると思います。

 イギリスは、知識を詰め込むような医療教育ではなくて、ものすごく実用的です。医学生の頃から普通に患者を診るし、屋根瓦式に教育していくのが定着していて、医師免許を取った頃には身体診察など実用的なことがすごくこなせるようになっているんですよね。知識はないけど仕事はできるみたいな(笑)。

 実践的なので、患者さんに役立てることも多いし、私は家族に一台でもいいよねって言っています。すごくいろんな相談を受けますよ。

 イギリスだと、Facebookで急に友人から「私の娘が今タンザニアにいて、おなかが痛いって言っているんだけどどうすればいい?」なんていう相談が来たりもして、ある意味頼られる存在なんだろうなって思いますね。

ニコラス 日本は全体的に医療制度のレベルが高いです。それは間違いありません。先ほど話した症例のように、人間関係や患者の健康全体の管理は GP 制度のほうが適していると思いますが、問題があったとき、この問題をしっかり治してほしいって思ったとき、日本は本当にベストです。

 例えば、車に轢かれるとしたら、私は日本で轢かれたいです(笑)。間違いなく救急車で大きな病院に運ばれて、レベルの高い専門家たちに診てもらえる。医師の技術と検査・手術のアクセスが非常に良いですからね。

 海外に住んでいないと、これが当たり前と思ってしまうかもしれませんが、海外はここまで容易に専門家によるレベルの高い医療を受けられる制度ばかりではないです。前回話していたように、いくつかのステップを踏まないとそこまでいけないこともよくあります。

 海外の多くの国では専門家や高い検査やお金がかかる手術などは、国が出し惜しみしているんです。なるべく使わないようにとか、高い手術はやらないようにとか設定しています。日本は贅沢だと思いますね。どんどん検査してください、受診してくださいみたいな感じで、本当にフリーアクセスの中のフリーアクセスです。

佐々江 確かに日本だと個々の医療施設のレベルって専門医もたくさんいて高いんですよね。でも、大きなシステムで見ると意外とつながってなかったりする部分はまだ多い気はします。

 プライマリ・ケアとかセカンダリ・ケアとか訪問看護ステーションとか、個々ではなくて、横断的に、全体的に見てみると、ここが足らないとか見えてきて、そういうものは改善しがいがありますね。そこがつながると、より良い医療を展開できる気がしますね。

まとめや次回予告

 症例を通じて海外の総合診療医がどのような医療を提供しているのか、その一端をご紹介しました。日本との違いや、海外ならではの魅力を感じられたのではないでしょうか。

 次回は、国際診療科にスポットを当てて、日本在住の外国人が病院や医師に求める役割や、外国人を診る医師に必要な力について探っていきます。