日本のかかりつけ医制度に、海外医師が見る希望

グローバルに語ろう アジア医師と見る未来 その19

日本最大級の医療専門サイト であるm3.comのメンバーズメディア編集部様のご厚意で、ここに転載させていただけることになりました。将来海外で働くことを目指す医療者や、海外進出を考えているビジネスマン、そして医療系を目指す学生さんの参考になれば嬉しいです(マニアックすぎて需要がないか(´・ω・`)??)。 

佐々江龍一郎先生、レニック・ニコラス先生との対談は今回が最終回。COVID-19を経て浮き彫りになった日本での総合診療をめぐる状況や課題、海外経験がある総合診療医がいかに地域の外国人コミュニティを支えられるかについてお話しました。

佐々江先生、ニコラス先生ありがとうございました!日本に戻ったら是非またお会いしましょう!

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ベトナムのクリニックで診察する中島先生_画像は筆者提供

 グローバル化が進む昨今、医師にとっても「海外」が身近な話題となっています。日本人の約100人に1人が海外で暮らす現代、先生方ご自身が国外で活躍したり、自分が診ている患者さんが外国に移住したりすることをサポートしなければならないことも十分あり得るのです。

 さらに新型コロナウイルス感染症が世界中で流行し、在留邦人に対する健康面・医療面のサポートのニーズが高まっています。いまや、医師という職業を続けていく上で、海外の事情に無関心では成り立たない部分があると言っても過言ではないでしょう。

 本連載では、ベトナムで総合診療医とヘルスケアビジネスのアドバイザーという二つの顔を持つ中島敏彦先生がご登場。先生と関わりのある医師、看護師、ビジネスマン――国際的に健康・医療分野で活躍する方々を招き、グローバル社会の中で医師に何が求められているか、探っていきます。

 佐々江龍一郎先生、レニック・ニコラス先生との対談は今回が最終回。COVID-19を経て浮き彫りになった総合診療をめぐる状況や課題、また、今後求められる総合診療の力やその展望について中島先生と語っていただきます。

COVID-19で浮き彫りになった
総合診療医の重要性

中島 COVID-19の流行を経て、日本の総合診療医に対するニーズに変化は感じられましたか?

ニコラス COVID-19の流行によって、日本の医療のデメリットが浮き彫りになったのではと考えています。日本は「私の専門ではない」と言える医療制度ですが、COVID-19は新型の病気なので当初は専門家が一人もいなかったですよね。強いて言えば感染症内科や呼吸器内科かもしれませんが、数が少なくてコロナ診療の全てを対応するのは難しい。急に誰の専門でもない、しかも他の人に感染しやすい厄介な病気が一気に流行して、対応にとても苦慮しました。ここも総合診療科の役割が重要だと思います。

 病院によっては救急に感染症内科が不在なため熱を診ない、地域ではコロナ対応の責任が明確でないなど、とにかく「私の専門ではない」が非常に多かった印象でした。

佐々江 今回浮き彫りになったのは、率直に言うと総合診療医の不在だと思うんですよ。未分化の発熱や、COVID-19は誰の専門でもないという状況の中で、救急でもたらい回しが起こってしまった。また、在宅の患者さんに対して、かかりつけ医機能がどこまで対応できたのか、誰が責任を持つのかという議論も挙がっていますよね。そこで重要になってくるのが、総合診療的にいろんな疾患を診ることができる能力なんだと思います。

ニコラス 発熱外来の患者さんは「困った時にはどこに連絡すればいいの?」ととまどっていたけど、保健所だけではその役割はとても耐えられなくてね。

佐々江 保健所は医師が一人とかだからそれは難しいですよね。イギリスでは、例えばGPが時間外でつながらないときに患者さんが全国で111といった番号に連絡すると、看護師に相談・トリアージして必要に応じて医師に診せる環境が整っています。でも日本は医師が責任を持つ社会だから、看護師だと責任がとれないという議論になってしまって、人材をうまく使えていない課題もあると感じます。

 日本の良さは保ちながら、平時とパンデミックのような緊急時とのスイッチがうまくできるための法制度は、今後発展させていけるといいですよね。

日本に住む外国人が増える中…
医師のニーズは?

中島 私が総合診療を行う中で、患者さんから求められるニーズに国際診療があります。国を越えて患者さんを搬送したり、日本からベトナムへ移住する駐在員の方に例えば「コロナ禍なのでこういう準備をしてきてね」とアドバイスをしたりしています。

 でもこれは、海外だけでなく日本国内での就職にもつながりますよね。国際診療のスキルを伸ばしていくことが、帰国後のキャリアにも活きるのではと感じています。

 佐々江先生やニコラス先生が日本で外国人診療をされている中では、どういうニーズがありますか? 例えば言語の問題がありますから、外国人患者さんの診断をつけて担当科の先生に渡したらおしまい、というわけにはいかないですよね。

佐々江 そうですね。うちの病院は通訳の方がサポートしてくださるのですが、やはり医師と患者さんが、直接自分たちの言語でコミュニケーションできた方がよい時もあります。コミュニケーションの中で非言語的な部分も重要なので、例えば不安になっていたり感情的になっていたりする患者さんと話すときは、言葉の心配をすることなく患者さんと話せるのが理想ですね。

中島 ああ、通訳はもちろん遠隔でもできるんですけど、医師じゃないと解決できない問題って間違いなくありますよね。私のほうもそういうことがあります。でも、それがすごく面白そうだなって思います。外国人コミュニティを支えるのって総合診療医じゃないとできないと思うんですよね。

佐々江 そうですよね、そこは確かにミソだと思います。

中島 国際診療と総合診療ってすごく相性がいいと思いますし、私が今まで海外で就職した病院って総合診療医以外お断りなんですよ。なので、日本で先生方が総合診療やりながら国際診療やっているのは、すごくいいところついていると思います(笑)。

佐々江 ニッチですが、すごくニーズがありますよ。そもそも日本って今まで移民とか受け入れなかったけど、受け入れざるを得ない状況になってきていますから。今後もニーズは増えていくと思いますね。

日本独自の“かかりつけ医制度”に希望も

中島 そろそろ最後になりますが、お二人は総合診療医としてどのような目標をお持ちですか?

佐々江 私は総合診療医の育成に関われたらと思っています。今、東京の病院で働いて思うのは、単体の病院で総合診療医を育てるプログラムを作るのはハードルが高いということ。日本にいる優秀な総合診療医は、結構独学で勉強されている部分が大きいんですよ。でも、私みたいな普通の医師でも総合診療医として幅広く診られるようになるために、標準化を図る取り組みが必要だと思います。

 そのためには、単体の病院ではなく、複数の病院や診療所、行政も含めて地域全体で取り組むことが、実はすごく現実的だと思うんですよね。そういったことに対してサポートできるといいですね。レジデントの研修や教育も頑張りたいです。

ニコラス 日本で診ていて思うのは、「かかりつけ医が重要」とは思われていても、「総合診療医」となると重要性が認められていないという不思議なギャップです。かかりつけ医というのは、総合診療医が最も適していると思います。総合診療医なしにかかりつけ医が中心の医療制度を作るのは難しいと思います。

 日本の医師は熱心で、患者さんのためになんでもやりたいという気持ちがあって、素晴らしい総合診療医になる素質を持っています。ただ、ジェネラリストというのは一度に沢山の疾患を扱うため、患者一人ひとりに時間をかける必要もある専門です。赤ちゃんの健診をして、うつ病の患者さんを診て、耳にワックス(耳垢)が固まっているのをうーんって取らないといけないので(笑)。だから、制度として、医師の診療時間に対するサポートが必要なんです。一見非効率なようですが、いろんな専門家を回って検査をする必要もなくなるので、医療全体で診ると効率を高めることにつながります。

 もちろん、オーストラリアの医療制度やGPの制度を日本にそのまま導入したらいいということではなくて、日本ならではのGP制度、オーストラリアをはるかに凌駕するような、日本独自のかかりつけ医制度が作られることを願っています。私が、総合診療医としての経験や仕事について発信することが、制度を作る参考になると嬉しいですね。

中島 私もベトナムや中国で日本人の患者さんに総合診療をやってきたんですけど、わりと評判はいいんです。「こういうかかりつけ医が日本に帰ってからもいるとすごくいいよね」って言ってもらえます。日本人とイギリスのような GP システムって相性はいいと思うんですよね。

 でも、これが日本にいった途端になぜできなくなるかというと、ニコラス先生がおっしゃった通り、国の制度の問題と患者側の理解の問題があるからだと思います。今後の医療経済を考えていくと、日本も総合診療にシフトしていくことは必要でしょうし、この分野で働いていくことの可能性はすごく感じますね。

ニコラス そうですね。

中島 今回は、佐々江先生とニコラス先生と日本と海外の総合診療について、突っ込んだ話ができてよかったです。でも、まだまだ話し足りなかったなあ(笑)。どうもありがとうございました!

まとめ

 今回は、COVID-19を通して見えてきた総合診療医をめぐる課題について探ると共に、今後、日本や海外で求められる総合診療医について、中島先生と佐々江先生、ニコラス先生にその展望をうかがいました。

 次回は海外在住の産婦人科医・鍋島寛志先生がご登場。実は切っても切り離せない、海外での日本人医師と患者さんの出産についてお話を伺います。お楽しみに。