海外行きが決まるも…妻が妊娠中!悩んだ医師の実録

グローバルに語ろう アジア医師と見る未来 その22

日本最大級の医療専門サイト であるm3.comのメンバーズメディア編集部様のご厚意で、ここに転載させていただけることになりました。将来海外で働くことを目指す医療者や、海外進出を考えているビジネスマン、そして医療系を目指す学生さんの参考になれば嬉しいです(マニアックすぎて需要がないか(´・ω・`)??)。 

今回も海外出産にまつわるお話です。
私の家族が体験したシンガポールでの出産について、シンガポールで働く産婦人科医の鍋島先生にいろいろご意見いただきました。

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鍋島先生とご家族(画像:筆者提供)

 グローバル化が進む昨今、医師にとっても「海外」が身近な話題となっています。日本人の約100人に1人が海外で暮らす現代、先生方ご自身が国外で活躍したり、自分が診ている患者さんが外国に移住したりすることをサポートしなければならないことも十分あり得るのです。

 さらに新型コロナウイルス感染症が世界中で流行し、在留邦人に対する健康面・医療面のサポートのニーズが高まっています。いまや、医師という職業を続けていく上で、海外の事情に無関心では成り立たない部分があると言っても過言ではないでしょう。

 本連載では、ベトナムで総合診療医とヘルスケアビジネスのアドバイザーという二つの顔を持つ中島敏彦先生がご登場。先生と関わりのある医師、看護師、ビジネスマン――国際的に健康・医療分野で活躍する方々を招き、グローバル社会の中で医師に何が求められているか、探っていきます。

 前回に続き、産婦人科医としてシンガポールにいる日本人の妊娠・出産を支える鍋島先生がご登場。シンガポールで家族が出産した経験を持つ中島先生と共に、海外出産のリアルについて語っていただきます。

妻がシンガポールで出産
でも道のりは平坦でなく…

中島 私自身の体験をお話しできればと思うんですが、前回少し触れたように、実は私の妻もシンガポールで出産したんです。

鍋島 そうだったんですね。

中島 はい。妻が妊娠してから、私のシンガポール行きが決まったという経緯があったので、日本で出産してからシンガポールに来るか、一緒に来てシンガポールで出産するかをまずは決める必要がありました。さすがに、海外移住、新しい職場、新しい住居、出産と、4つのことが同時に起こるのは大変じゃないかと思って…出産は日本でしようという話もあったんですが、まあ、妻の一声で、シンガポールでの出産が決まりました(笑)。

 今振り返ると、もし自分が主治医だったらオススメしないんですが…(苦笑)、鍋島先生だったらどう思われますか?

鍋島 シンガポールは、出産する環境としては悪くないと思うので、結局は夫と一緒にいたいかどうかだけじゃないかな。

 実家の方が安定するなら実家で、夫と一緒にいたいなら現地に行った方がいいでしょうし、どちらでもいいと思います。シンガポール駐在員の人たちも、いずれの場合もありますよ。要は人間関係の問題で、日本とシンガポールであれば、医療的に考えたらどっちでも同じですね。

 ただ、コストを考えたら日本の方が間違いなく安いですが。例えば出産にかかる費用は、日本では50~60万円程度ですが、シンガポールでは10,000~20,000シンガポールドル、日本円にしてなんと約80万円から、高ければ150万円くらいかかります。

中島 ベトナムでは、「旦那が信用できないから赴任先で産みたい」っていう話をよく聞きます。

鍋島 あー、浮気されると困るという。それは信頼関係の問題ですね(笑)。

立ち塞がるコミュニケーションの壁

中島 妻がシンガポールで出産することに決まって、次は病院探しです。私の勤務先の系列病院に、日本語が話せるシンガポール人の女性医師がいるという情報を見つけたので、そこに決めました。

 妻は当時英語があまり話せなかったので、主治医と日本語でコミュニケーションがとれると安心だし、系列病院同士で無料のシャトルバスがあって私も行き来しやすいので、見つけた時はほっとしましたね。

鍋島 日本語が話せて、しかも女性医師となると奥様も安心ですね。

中島 はい。ただ、コミュニケーションの問題は発生してしまいました。日本語の話せる医師や私がずっと妻につきっきりというわけにはいかないので、合間の時間にシンガポール人の看護師と英語で話さないといけないことが出てくるんですね。それでミスコミュニケーションが発生して、精神が不安定になってしまうことがあって…。

 やっぱり、英語でのコミュニケーションに慣れてないのに、無茶なことするもんじゃないなと思いました(苦笑)。ただ無痛分娩で出産できたし、なかなかいい経験だったと思うので、それはそれでよかったんですが。

鍋島 私のクリニックはもちろん日本人以外のスタッフもいますが、助産師に関してはわざわざ日本から一人来てもらって常駐していますよ。

中島 え、すごくいい環境じゃないですか!

鍋島 それだけはもう絶対って言って赴任したので(笑)。産婦人科医って一人じゃ診療できない、助産師とセットなんですよ。お産をするなら助産師は絶対必要だからそこだけは譲れないと、私のクリニックでは必ず日本人の助産師を雇っています。

中島 日本人の助産師を選ぶ理由は何ですか?

鍋島 みんなが安心するからですね。日本人の妊婦さんは、医師よりも助産師の方が話しやすいんです。ちょっとした悩みだと医師には話しづらいから、助産師に話すというケースもよく聞きます。助産師といっても、シンガポールでのライセンスがないのでお産をとるわけにはいかないんですが、相談に乗るだけでも日本人助産師はいなきゃいけないと思います。

 あとはおっぱいケアですね。乳房マッサージなどは助産師じゃないとできないので。産後の乳房トラブルもありますし。シンガポールにもラクテーション指導はありますが、日本とだいぶやり方が違うんです。

中島 医療レベルだけで語れないところですね。人間を相手にするので、文化的、言語的、心理的なバックグラウンドをどうサポートするかは課題になりますよね。

鍋島 そうそう、お産って結構プリミティブなものだから、文化的な違いがかなり出ますよ。産前産後のケアっていうのはどうしても、同じカルチャーで考えられる助産師が必要です。

中島 でも、シンガポールに助産師で来てくれる人材を確保するのはなかなか大変じゃないですか?

鍋島 大変ですよ! とりあえず今の職場に来た時は、前職で一緒に働いていた助産師がついてきてくれました。

中島 鍋島先生、前の職場から追っ手が来ませんでしたか(笑)。

鍋島 (笑)。一緒に来た助産師が少し前に日本へ帰国したので、今いる助産師は日本からスカウトして来てもらいました。でもその間、数ヶ月空いちゃって、しかも今新型コロナウイルス感染症の流行のせいでなかなか入国できなくて、結構大変でした。

中島 なるほど。人材の行き来は、今は確かに難しさがありますね。

海外出産は得難い体験だが…
医師のホンネは

鍋島 実際に海外出産を体験された感想はいかがですか。

中島 そうですね、やっぱり得難い経験をしたっていうのと、日本にいた時よりは時間は取りやすかったから母子ともに関わりやすかったと思います。出産してすぐは、私もたまにシャトルバスに乗って子どもを見に通っていましたし、妊娠出産に関わる時間が長かったと感じますね。

 逆に、さっきも少し話しましたが、就職の問題と、家族が増えるって問題が一気に出ちゃったのが私と妻を精神不安定にさせてしまった原因の一つだったので、できれば多くのことを一気に起こさない方がいいというアドバイスはしたいですね。

 例えばシンガポールでの仕事がうまくいかなかったら間を空けずに日本に帰らなきゃいけなかったので、出産直後にそんなことがあったら本当に目も当てられなかったでしょうから…。

 一つずつしっかり片付けてから他のことを動かしたほうがよかったかなとか、あんまり一度にたくさんのことをやるべきではないのかな…と、個人的に反省点は多くありますね(苦笑)。

まとめや次回予告

 医師一家の体験談を通して、医師や病院選び、産前産後のケアなど海外出産のリアルに迫ってみました。海外出産を身近に感じられたのではないでしょうか?

 次回で鍋島先生との対談も最終回。10年におよぶ海外生活から見えてきた海外生活の魅力や面白さ、苦労などを赤裸々に語っていただきながら、海外に出る意義について考えていきます。