医師が“手弁当”で日本人のワクチン接種に取り組んだ訳

グローバルに語ろう アジア医師と見る未来 その30

日本最大級の医療専門サイト であるm3.comのメンバーズメディア編集部様のご厚意で、ここに転載させていただけることになりました。将来海外で働くことを目指す医療者や、海外進出を考えているビジネスマン、そして医療系を目指す学生さんの参考になれば嬉しいです(マニアックすぎて需要がないか(´・ω・`)??)。

ベトナムの日本国大使館に駐在する岡部大介公使との対談も今回で最終回です。
今回も引き続きベトナム在住日本人に対する「ワクチン接種プロジェクト」についてです。
このプロジェクトは本当に多くの方のご協力と熱意で成り立っていて、例えばこのアイキャッチ画像に写っていらっしゃるのはAlsok ベトナムさんが会場整理に当たっていらっしゃる様子です。
 

写真

ベトナム在住の日本人に向けたワクチン接種会場(画像:筆者提供_以下同)

 グローバル化が進む昨今、医師にとっても「海外」が身近な話題となっています。日本人の約100人に1人が海外で暮らす現代、先生方ご自身が国外で活躍したり、自分が診ている患者さんが外国に移住したりすることをサポートしなければならないことも十分あり得るのです。

 さらに新型コロナウイルス感染症が世界中で流行し、在留邦人に対する健康面・医療面のサポートのニーズが高まっています。いまや、医師という職業を続けていく上で、海外の事情に無関心では成り立たない部分があると言っても過言ではないでしょう。

 本連載では、ベトナムで総合診療医とヘルスケアビジネスのアドバイザーという二つの顔を持つ中島敏彦先生がご登場。先生と関わりのある医師、看護師、ビジネスマン――国際的に健康・医療分野で活躍する方々を招き、グローバル社会の中で医師に何が求められているか、探っていきます。

 岡部大介公使との対談は今回が最終回。海外でのワクチン接種において日本人医師が果たす役割について詳しく語っていただくと共に、今回のプロジェクトを通して感じた海外で働く意義ややりがいについて、中島先生と語っていただきます。

日本人の身体や心理、文化的背景を知る
日本人医師だからこそできたこと

中島 今回もワクチン接種プロジェクトについてお話ししていきます。

 前回は大使館の方のご苦労を伺ったわけですが、医療現場の業務の大変さでいうと、3回目接種としてファイザーワクチンを接種したプロジェクトの時でしょうか。ちょうどハノイで毎日数万人の感染者が出ているタイミングと同時期で、ワクチンを受けに来たら感染が発覚して、誰が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者かわからない、みたいな状況があったんですよね。1日の患者数が最高記録に達する中で、COVID-19患者を診ながらワクチンを打つ、ということを同時並行でやっていました。

 ライセンスの問題で、ベトナム人医師が問診し、接種は同じく現地の看護師が担当していました。私の役割としては、問診時に特別な病気の申告があった場合や血圧が高めだったとき、接種後は副反応が現れたとき、不安などの心理的な問題があるときに出番があるという感じでした。待合室をウロウロして、問題がありそうな人に声をかける仕事でしたね。

岡部 これは、大変助かりました。一般的に日本人はベトナム人に比べて血圧が高いらしく、ローカルの病院でワクチン接種を受けようとして、血圧が高いと指摘され、大使館に対応を依頼してこられる在留邦人の方々が多かったんです。当時、ベトナム国内ではワクチンが足りてなかったため、この機会を逃すことができない状況なのに、血圧が高くて受けられないという相談をかなりお受けしました。日本人医師がいるクリニックであれば、中島先生が相談に乗ってくれるので、すごく助かりました。血圧が高い方も持病をお持ちの方も多かったため、その点を乗り越えられたのは非常に大きかったです。

 また、「アストラゼネカ製のワクチンはアナフィラキシーが起こる可能性が高い」と日本で報道され、日本では接種が嫌厭されていました。ローカルの病院でワクチンを接種してアナフィラキシーが起こった場合、ベトナム語は難しいので言葉の壁があって的確に対応していただくことが困難です。しかし、日本人医師のいるクリニックであれば何かあっても相談しやすいので、接種を受ける方々の大きな安心感につながりました。

 大使館は当時、保健所の相談窓口のような役割を果たしていましたが、医療部分を日本人医師にお任せできたのはとても大きかったです。

写真

COVID-19診療にあたる中島先生

医師を突き動かしていた
「やっぱり日本人だから」という気持ち

岡部 中島先生はあの時、どんなお気持ちで取り組んでいらっしゃいましたか。

中島 恐らく大使館の皆様と同じく、日本人として日本人社会をなんとかしなくては、できることをやらなくては…という気持ちが強かったですね。ワクチンを打てるだけ打つ体制をクリニックの中で作りました。私のクリニックは民間なので、普段はビジネスを意識した取り組みをしているのですが、あの時は、なんていうか「やっぱり日本人ですからね」としか言いようのない気持ちで取り組んでいました。

 「かかりつけ医」としての日本人医師がこれだけたくさんいる国は、シンガポールとベトナムくらいしかないんですよ。アメリカにも日本人医師はたくさんいますが、基本的には研究者であったり現地の病院で心臓外科などの専門医として働いていたりする人たちなので、日本人社会のかかりつけ医という立場にないと聞いています。

 そういった環境が偶然あったのと、大使館の皆さんの気持ちがとても強かった――今のメンバーだからできたプロジェクトなんじゃないかと思っています。他の国ではこんなことやっていませんからね。

岡部 ベトナム全土で在留邦人が約2万人いるとはいえ、ハノイの日本人コミュニティはやはり大きくはないので、例えば、私の子どものクラスメイトのご両親から「今回のプロジェクトのおかげでワクチン接種ができました」と聞くこともあって「ああ、やってよかったな」って思いました。

 外国では、日本人コミュニティが小さいので、大使館に問い合わせした方が知り合いの知り合いぐらいでつながっているというようなことはよくあることです。自分自身で反響を感じられることが多くて、やりがいがあります。

中島 ああ、そのお気持ち、とてもよく分かります。

パンデミックを経て
これまで感じていた“寂しさ”は…

中島 このパンデミックを通して勉強したことが多すぎて一言では言えないですが、コロナ禍が始まる前からベトナムにいて、そして流行の始まりから一番悪い状況も目の当たりにして、公衆衛生学的、産業医学的、総合診療的なところ、すべて味わったという感じがしています。

 どこの国でも日本人医師が配置できる状況ではないので、ベトナムで起こったことはスペシャルな状況だと思うんですが、ワクチン接種プロジェクトで作った仕組みは将来的に別のパンデミックが起きたときに使えると思います。

 逆に今回、日本人の患者さんを日本人医師しか診られなかったのは、日本人の弱点でもあると思います。例えば、日本人は英語や海外の現地の言葉を話せない方も少なくないため、今回のように日本人医師に診てもらえないと安心できないケースが往々にしてあるのです。

 日本人は海外で働き、活躍し続けるでしょうから、次の世代に反省点としておろしていくのが大事かなと思いますね。

 今回のプロジェクトでは、日本人医師と大使館の方が密接に関わったかと思いますが、その中でお感じになったことは何かあるでしょうか?

岡部 この2年間、COVID-19のパンデミックの中で、在留邦人の皆さまは本当に大変な思いをされてきたと思います。ロックダウンで移動の自由もないですし、飛行機も動いていませんし、ワクチンも接種できないという中、すごく不自由な思いをされてきた。こうした日本人の皆さまの不安を解決するにあたり、日本人医師の専門的な知識を活用しながら、在留邦人の皆さまの健康面での心配を払しょくすることに貢献できたのではないかと思います。

 特に、私ども大使館員は在留邦人の皆さまのお役に立つことが仕事そのものですが、中島先生をはじめとして、日本人医師の皆さまは手弁当で加わってくださっていて感謝しています。中島先生たちは「日本人のためになんとかしたい」という思いで来てくださって、そういう思いでこの取り組みに関わってくださったことに大使館として非常に感謝しています。

中島 在留邦人社会の役に立つのは私の中で大事なことです。そもそも私のいる会社は外資系の会社で、日本人医師を雇っているのはビジネスベースなんですよ。でも、私がベトナムなど海外での日本人診療にこだわっているのは、私は日本人だし日本人のために役に立たないのは申し訳ないよねっていう思いがあるからなんです。

 これまで私は、日本人だけどシンガポールの会社に在籍していて、日本の商工会に入っているもののなんとなく日本人社会の中に入り切れてない寂しさみたいなものがありましたが、今回コミュニティの一員になれたような実感が持てて、すごくうれしかったです。

 岡島公使、お忙しい中お時間をいただき貴重なお話をありがとうございました!

まとめや次回予告

 COVID-19の流行を背景に実施された二つのプロジェクトの内容や取り組んでみて気づいたこと、そこから見えてきた海外に出る意義について、中島先生と岡部公使に伺いました。

 次回からのテーマは「医療IT」。ベトナムにあるIT企業の代表取締役をお呼びして、医師を取り巻くIT事情についてお話を聞いていきます。お楽しみに。