「喜ばれたくて」僻地の医療支援をする医師が陥りがちな罠

グローバルに語ろう アジア医師と見る未来 その38

日本最大級の医療専門サイト であるm3.comのメンバーズメディア編集部様のご厚意で、ここに転載させていただけることになりました。将来海外で働くことを目指す医療者や、海外進出を考えているビジネスマン、そして医療系を目指す学生さんの参考になれば嬉しいです(マニアックすぎて需要がないか(´・ω・`)??)。

今回も前回に引き続き、タイのチェンマイで呼吸器内科医の溝尾朗先生が中心となって行われている支援活動についてお話をしていただきました。

中島も何度かお手伝いさせていただいていますが、実際に現地に入って活動をしてみると、外からは想像ができないような、様々な出来事にでくわします。
 

写真

チェンマイで孤児の診察を行う中島先生(左)と溝尾先生(中央)(画像は溝尾先生提供_以下同)前の記事37 20年以上、海外の僻地医療に携わる――医師の原点は

 グローバル化が進む昨今、医師にとっても「海外」が身近な話題となっています。日本人の約100人に1人が海外で暮らす現代、先生方ご自身が国外で活躍したり、自分が診ている患者さんが外国に移住したりすることをサポートしなければならないことも十分あり得るのです。

 さらに新型コロナウイルス感染症が世界中で流行し、在留邦人に対する健康面・医療面のサポートのニーズが高まっています。いまや、医師という職業を続けていく上で、海外の事情に無関心では成り立たない部分があると言っても過言ではないでしょう。

 本連載では、ベトナムで総合診療医とヘルスケアビジネスのアドバイザーという二つの顔を持つ中島敏彦先生がご登場。先生と関わりのある医師、看護師、ビジネスマン――国際的に健康・医療分野で活躍する方々を招き、グローバル社会の中で医師に何が求められているか、探っていきます。

 溝尾朗先生との対談は今回が最終回。海外での病診連携や、僻地医療の経験の活かし方などをうかがうとともに、海外勤務で得られる経験やその価値について中島先生と語っていただきます。

僻地医療における
“支援慣れ”という落とし穴

中島 前回に引き続き、僻地医療について伺っていきます。溝尾先生は、日本でも僻地医療に従事した経験がおありですよね。海外と日本との僻地医療における違いについては何か感じられますか?

溝尾 最近は日本の僻地医療をやっていないので、一概には言えないですが、日本はどこまで行っても必ず医師がいるんですよ。だけどタイはちょっと地方に行くだけで医師がいなくなります。その差を感じますね。だからタイでは医師が行くだけで喜んでもらえます。

 ただ、気を付けないといけないのは、いわゆる“支援慣れ”している地域があることです。支援があるのが当たり前になっているからか、そういった場所ではあまり感謝されなくなるので、こちらのモチベーションが上がっていかなくなっちゃう。これはやっているうちにわかってきたことなんですがね。

中島 日本の医師は、金銭的な価値というより患者さんが喜んでくれることにモチベーションを感じるところが大きいように思います。もちろん、感謝されたくて医療を提供しているわけではないでしょうが、患者さんの喜ぶ顔が見られないと心が折れてしまうかもしれませんね。

溝尾 そうなんです。理想と現実のギャップを感じて活動が続かなくなる日本人医師も出てくるのではと考えました。

 ですので、日本人医師ですべてをやるのではなく、現地のドクターにも協力してもらい、うまく医師を組み合わせてタイ北部での僻地医療をシステム化していきたいと思っています。

ITがどれだけ発展しても…
地域医療連携に欠かせないもの

中島 僻地医療を現地に根付かせる、システム化するのも苦労が多いかと思います。地域の医療機関や地域コミュニティとの関係性など、地域医療連携がその場において既に存在するかどうかの違いもすごく大きいですよね。

 おそらくタイの僻地だと地域医療連携もへったくれもないと思うので、その構築を考えると、溝尾先生が日本でやってこられた地域医療への取り組みは、そのままチェンマイという場所にフィードバックできるんじゃないでしょうか。

溝尾 そうですね。そこは経験を活かせたと思います。

中島 病診連携の構築という点では、私がいるハノイでも一緒で、うちのクリニックで診ることができない場合、誰に診てもらうとか、どこの病院に紹介するかという情報は常にアップデートしないといけません。なので、地域医療連携的な関係性を構築するため、私も他院へと調査に行ったりはしますね。

 たまたま北京で一緒に働いていたフランス人が、ハノイフレンチという病院のERの室長をやっているので、彼とは仲良く遊んでいます(笑)。フランスの病院に依頼しますということじゃなくて、中の医師を知っているから、この先生にだったら任せられるということでお願いしているんです。

 結局ここに関してはいくらITが発展しても、現場で顔の見える関係を作らないと無理かなあと思っているんですが、いかがでしょうか?

溝尾 その通りですね。日本での遠隔診療も少し始まりましたけど、今、中島先生がおっしゃったような基盤がないと、たぶん発展していかないと思います。

 ちなみにタイでも、今は遠隔診療をやる環境が整ってきて、画像もどんどん飛ばせるようになってきたので、もうすぐ実現できそうです。

中島 確かに遠隔診療含め、COVID-19があって潮目が変わった感じがありますね。

溝尾 その通りです。ようやくチャンスが巡ってきたのかな。顔の見える関係を大事にしながら、ITを使っていい医療を提供していきたいですね。

写真

「やるつもりなかった」僻地医療
いざやってみたら…

中島 私は日本を出た当初、海外で僻地医療をやるなんて思っていませんでした。でも溝尾先生に誘っていただいて、本当にいい経験ができました。

 普段の診察でも、ベトナムの田舎に住む日本人患者さんから相談を受けることがあるんですが、患者さんの医療環境に想像を巡らすことがずいぶんできるようになりました

 こういう状況が現地で起きているからすぐ対応しなきゃいけないとか、この状況であれば大丈夫とか、そういったことが臨床判断にとてもフィードバックされています。それに、「僻地医療」と言われたときに思い描く僻地と、実際の僻地は違うと思いましたね。

溝尾 どんな違いを感じられたんですか?

中島 「僻地」と聞くと、診療所も薬を買える場所もなく、医師はもちろん看護師もいないような状況を想像していました。でも今は、実際に僻地の現場を知れたことで、例えば「タイのあそこの田舎だと、薬局だけはギリギリある。タイは薬局で抗生物質でもなんでも買えるから、オンライン診察で診療して、この薬を買ってもらえるな」っていう心づもりができます。

 それを知らないと、「ヤバい、僻地だ、どうしよう」と具体的な策も立てられず終わっちゃうので、現場感を知っておくことは、私みたいな立場の医師にとっては、とてもいい経験です。

溝尾 そう言ってもらえてよかったです。僻地医療の取り組みは自分の力だけでやろうなんて全く思っていなくて、中島先生みたいな優秀な医師を集めてやろうと思っているんです。僻地医療に取り組む先生方の生活の質も維持できるようなシステムを作りたいと思っています。場合によっては、日本にもクリニックを作って、日本に帰国する必要がある場合はそっちに勤めてもらうのもいいですよね。

中島 逆にチェンマイでの僻地医療の経験が、溝尾先生の日本での仕事にフィードバックされている面はあるんですか?

溝尾 正直、診療面ではほとんど役に立ってないと思います。ただ、いろんなところで講演をする中で僻地医療の活動について話すと、興味を持ってくれる人が少なからずいますよ。

 人によってどこに興味を持つかはさまざまなので、いろんな話題のバリエーションをもっておくとレスポンスされやすくなりますよね。そこは人とのつながりを広げる一助になっていると感じています。

海外勤務は○○力を鍛える場?

中島 私は溝尾先生のキャリアを参考にしながらここまで生きてきて、溝尾先生みたいになりたいなって思っていたんですけど、今日話を伺って溝尾先生にはなれないなと思いました。コミュニケーション能力が高すぎます!

溝尾 いやいや、中島先生は大丈夫ですよ(笑)。

中島 お話を伺って、本当にコミュ力は大事なんだと痛感しました。プライマリーケアのスキルで問診力ってありますけど、要するにコミュニケーション能力だと思いますし、地域医療連携を作るにも、僻地に行って仕事を広げるためにも、このスキルは必要ですね。

 海外で働くことは、そういった能力を一層磨くことにつながるのかもしれません。言語能力と思われがちですが、また別の突破力というか、つながる力なのかなと思います。

溝尾 海外医療もそうですけど、特に医療は経験しないとわからないことが本当に多いと思うので、ぜひ、できるだけ多くの人に、海外での仕事や生活、僻地での仕事を経験してもらえたらありがたいですね。

まとめや次回予告

 今回は、日本と海外の僻地医療の違いや海外での病診連携について、事例を通してご紹介すると共に、海外での経験で得られるコミュニケーション能力の重要性について、中島先生と溝尾先生にうかがいました。

 次回からは、シカゴ大学心臓外科の北原大翔先生をお招き。海外での医師キャリアの積み方について、アメリカとベトナムそれぞれの事情をご紹介いただきます。お楽しみに!