病院内でクリニック開業? 日本と違う海外事情とは

グローバルに語ろう アジア医師と見る未来 その24

日本最大級の医療専門サイト であるm3.comのメンバーズメディア編集部様のご厚意で、ここに転載させていただけることになりました。将来海外で働くことを目指す医療者や、海外進出を考えているビジネスマン、そして医療系を目指す学生さんの参考になれば嬉しいです(マニアックすぎて需要がないか(´・ω・`)??)。 

今回からご登場いただくのは小児科医の吉國晋先生です。吉國先生とはシンガポールで初めてお会いしました。
海外に出てきたばかりで右も左もわからない私に、海外での日本人診療や小児診療を教えてくださった恩人です。

写真

中島先生(右)と吉國先生(左)、第2話にご登場いただいた葵先生(中央)(画像は吉國先生提供_以下同)

 グローバル化が進む昨今、医師にとっても「海外」が身近な話題となっています。日本人の約100人に1人が海外で暮らす現代、先生方ご自身が国外で活躍したり、自分が診ている患者さんが外国に移住したりすることをサポートしなければならないことも十分あり得るのです。

 さらに新型コロナウイルス感染症が世界中で流行し、在留邦人に対する健康面・医療面のサポートのニーズが高まっています。いまや、医師という職業を続けていく上で、海外の事情に無関心では成り立たない部分があると言っても過言ではないでしょう。

 本連載では、ベトナムで総合診療医とヘルスケアビジネスのアドバイザーという二つの顔を持つ中島敏彦先生がご登場。先生と関わりのある医師、看護師、ビジネスマン――国際的に健康・医療分野で活躍する方々を招き、グローバル社会の中で医師に何が求められているか、探っていきます。

 今回ご登場いただくのは小児科医の吉國晋先生です。日本と海外の小児診療の違いや、海外での先輩医師である吉國先生が中島先生に教えた「日本人医師としての振る舞い」について語っていただきます。

未経験の小児診療を
海外で教えてくれた先輩医師

中島 吉國先生は、私がシンガポールで初めて一緒に働いた日本人の医師で、私の師匠ともいえます。教えてもらったことは大きく二つあって、一つは、海外で働く医師としての振る舞い方や在留邦人社会との付き合い方など、海外で働く医師としての基礎の部分。もう一つは小児診療で、私は小児診療をしたことがなかったので、小児科医である吉國先生の臨床を見て、小児診療の基礎を身につけました。

 吉國先生と一緒に働いたのは1年でしたけど、あの1年は私にとって大事な時間でした。働いていたクリニックでは以前記事にしたように大変な目に遭わされたので、正直良い思い出ではないですが、吉國先生のことは好きです(笑)。

吉國 ありがとうございます。私は広島大学医学部を卒業後、広島県内の病院で小児科医として働いて小児科専門医を取りました。2008年から9年間シンガポールの日系クリニックである日本メディカルケアで働きました。今は帰国して、広島共立病院の総合診療科で勤務しています。

 シンガポールでは、日本人の外来患者だけ診療できる医師免許を取得して現地で診療にあたりました。日本での小児科医としてのキャリアを活かして、子どもの風邪などの病気を診たり、乳児健診や予防接種などを行ったりしました。また、一般医として大人の健診なども診ていましたが、患者さんは基本的には駐在員とその家族で、0歳から60代までがほとんど。70代以上の高齢者はいませんでした。

中島 小児診療の観点でいうと、日本とシンガポールで何か違いはありましたか?

吉國 どちらも診るのは日本人患者なので、そこまで変わらなかったですが、ワクチンの違いはありました。日本は4種混合ワクチン(三種混合+ポリオ)ですが、シンガポールはそこにHibワクチンを加えた5種混合や、さらにB型肝炎が入った6種混合があります。また、日本だとはしかと風疹の混合のMRワクチンですが、それにおたふくかぜを加えたMMRワクチン、さらに水疱瘡が入ったMMRVワクチンがあって、1回で全部打ててすごく便利でした。

中島 私は日本だと泌尿器科と緩和医療科しか診ていなかったので、予防接種の勉強はしていなくて。シンガポールに行って学んだのですが、シンガボールの予防接種は国際基準だったので、のちに中国や他の国で診療するようになってからも役立ちましたよ。

吉國 そういえば中島先生の娘さんもワクチンを打ちに来られたことがありましたね。

中島 打ってもらいましたね! その様子も観察させていただきました(笑)。ワクチン手帳に吉國って書いてありますよ。

吉國 あとは感染症が違いますね。シンガポールはデング熱患者が結構多いし、海外旅行中に赤痢アメーバにかかることがあるので、その検査や治療をしました。マラリアはシンガポールではみませんが、パプアニューギニアなどの感染リスクが高い国へ行く人にはマラリア予防薬を処方していました。

病院内でクリニックを開業?!

吉國 身近な医療システムでも違いがあります。シンガポールは専門医が多くて医療水準も高いので、患者さんを院内の専門医に紹介することも多かったです。

 私が働いていた日本メディカルケアはグレニーグルス病院という私立病院の中にある日系クリニックですが、同じように病院内でさまざまな科の専門医が沢山開業していました。家賃を払って院内の敷地を借りている感じです。

中島 いわゆるデパートとテナント(大家と店子)の関係ですよね。グレニーグルス病院というのはあくまで箱で、私たちがいた日本メディカルケアというテナントがあって、その隣には、眼科や産婦人科のテナントがあるイメージです。

吉國 グレニーグルス病院は規模が大きくて、手術室や心臓カテーテル室、入院病棟のある建物の他に、たくさんの専門医クリニックが入ったメディカルセンターがあります。日本だと、クリニックが集まったメディカルモール内で入院や手術ができる施設がイメージに近いです。

 テナントで開業した専門医が手術するときは、病院の手術室を予約して麻酔科医を呼び、病院が雇ったナースがついていましたね。

 私はシンガポールでの医師免許の関係で入院患者の主治医にはなれませんでしたが、鼠径ヘルニアや中耳炎の小児患者を、院内のシンガポール人小児外科医や耳鼻科医に紹介して、手術してもらいました。また言葉や発達の遅れが疑われる子どもを心療内科医や心理士がいる他の日系クリニックに紹介しました。

学んだ“日本人医師としての”振る舞い

中島 患者さんのご家族のニーズも、日本との違いを感じられるところですよね。

吉國 現地では近くに相談できる人がいないから不安が大きいと思います。コンドミニアムのご近所さんは英語しか話せないから気軽に相談できなかったり、テレビや書籍などから日本語で医療情報を得られにくかったりといった要因が考えられます。

中島 日本語の書籍も、シンガポールで買うと日本の3倍くらいしますもんね。

吉國 そこで情報提供のため、クリニックが昼休みの間に日本人向けの幼児教室に出向いて2カ月に1回、母親向けの医療おはなし会を開催していました。食物アレルギーやアトピー性皮膚炎、予防接種など毎回テーマを決めてパワーポイントで作ったスライドで説明した後で、質疑応答も設けました。これを4年間やりました。中島先生も見に来てくれましたよね。

写真

医療おはなし会(食物アレルギーについて)

中島 僕はそこで海外での日本人医師としての振る舞い、つまり患者さんへの情報提供も役割の一つなんだと学ばせてもらいました。それと、その時使われたスライドのデータを全部もらって「吉國先生、こんなこと言ってたな…」と思い出しながら、今も使わせていただいています(笑)。

吉國 あとは現地の日本人向けの週刊誌に医療に関するコラムを書いていました。子どもの病気だけでなく、糖尿病や高血圧、尿道炎、腰痛症など大人向けの病気についても書きました。その記事を印刷して患者さんにも配っていました。

中島 そういう資料を渡しておくと、患者さんの理解が進みますよね。これも真似しています。

吉國 日本だと製薬会社が持ってきた患者用資料を配りますが、シンガポールでは英語の資料しかくれないので、自分たちで作りましたね。

中島 吉國先生には、そういった海外の駐在員の人たちが求めていることから海外旅行保険の使い方まで、膨大なことを教えてもらったと思います。

 1年間後に転職して中国でほぼ一人きりで働いていましたが、吉國先生を思い出しながら乗り切りましたよ(笑)。私にとっての吉國先生のように、海外で初めて就職する先に日本人医師がいるかどうかというのは、就職先探しの一つのポイントになるかもしれませんね。

まとめや次回予告

 シンガポールと日本での小児診療の違いや、駐在員が多い邦人社会ならではのニーズについて、事例を基に探っていきました。次回は、外資系企業で働く際に求められる「あるスキル」について、先生方のご経験を基にご紹介します。お楽しみに。