「命がお金で買える国」で、医師ができること

グローバルに語ろう アジア医師と見る未来 その15

日本最大級の医療専門サイト であるm3.comのメンバーズメディア編集部様のご厚意で、ここに転載させていただけることになりました。将来海外で働くことを目指す医療者や、海外進出を考えているビジネスマン、そして医療系を目指す学生さんの参考になれば嬉しいです(マニアックすぎて需要がないか(´・ω・`)??)。 

今回は日本人医師が海外の発展途上国の医療にどのように貢献できるのか?というお話です。
国や団体としてのプロジェクトや研究など様々なかかわり方がありますが、私自身はビジネスマンとして日本の商社に協力することを通じてベトナムの医療に貢献したいと考えています。
ゆくゆくは日本で働いている外国人労働者の力になりたいです。

私がビジネスマンとして関わっている、ホーチミンにある日系医療商社のクローバープラス代表の佐々木さんに今回もご登場していただきました。
記事中にもあるように
ベトナムでは人の命がお金で買えてしまう状況があります。私たちはそれを何とか変えたい。貧しい人でも社会的弱者でも、治療をしっかり受けられるようにさせたい。ビジネスを通して医療現場のボトムアップをして、環境づくりのお手伝いをしたいと思っています
という心意気で日夜楽しく働いております。

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メーカー展示会にて佐々木氏(左)_画像は筆者提供

 グローバル化が進む昨今、医師にとっても「海外」が身近な話題となっています。日本人の約100人に1人が海外で暮らす現代、先生方ご自身が国外で活躍したり、自分が診ている患者さんが外国に移住したりすることをサポートしなければならないことも十分あり得るのです。

 さらに新型コロナウイルス感染症が世界中で流行し、在留邦人に対する健康面・医療面のサポートのニーズが高まっています。いまや、医師という職業を続けていく上で、海外の事情に無関心では成り立たない部分があると言っても過言ではないでしょう。

 本連載では、ベトナムで総合診療医とヘルスケアビジネスのアドバイザーという二つの顔を持つ中島敏彦先生がご登場。先生と関わりのある医師、看護師、ビジネスマン――国際的に健康・医療分野で活躍する方々を招き、グローバル社会の中で医師に何が求められているか、探っていきます。

 佐々木英樹氏との対談は今回が最終回。長年、海外でビジネスを展開してこられた佐々木氏と、海外で長く勤めてきた中島先生とで、医師が海外の民間企業で働く魅力や可能性について語っていただきます。

医師が働く場としてのベトナムの魅力

中島 これまで海外で働くことの魅力をお伝えしてきましたが、具体的な市場という意味ではどんな展望があるでしょうか。私たちがいるベトナムを例に考えていきましょう。

 医師が働く場として考えたとき、ベトナム市場の魅力はどんなところにあると思われますか?

佐々木 ベトナムには今、現地で駐在している日本人が約3万人います。私のように出張ベースで行き来する日本人もいますから、実際にベトナムにいる日本人はもっと多いです。帯同される家族も年々増えてきていますし、そういう意味では、市場として将来的にもっと広がっていくと思います。その中で日本人の医師は何人いるか?という話になると、本当に数える程度しかいません。そういう状況ですから、日本人医師のニーズはますます高まっていくと思います

 それに今、ベトナム人が日本人医師に診てもらうのは現実的に難しいかもしれませんが、将来的には変わっていくと思うんですよね。

 私がベトナムのローカル病院を回っていると、ベトナムではまだまだお金がないとしっかり治療してもらえない現実を目の当たりにします。ベトナムに信頼できる医師はどのくらいいるのか…そういう意味では日本人の医師は、日本人社会のコミュニティだけでなく、国全体のマーケットで大きく活躍できる可能性を感じます

中島 なるほど。私がベトナムで働いて感じる魅力でいうと、外国人の副業が認められているので、法律的に副業がしやすいところですね。あと、前回(URL未作成)もタイムマシンモデルのお話をしましたが、先読みをしやすいのでビジネスがしやすいところです。

 ベトナムの医療は日本の何十年前の水準だから、この感染状況を見れば、次はこういう病気が来てこういう患者が増えるよねって予測できる。リスクやニーズが読めるので、わりとラクに生きられますね。

 海外に行きたいかどうかの適性を試すにもベトナムはちょうどいいと思います。英語が通じるし、日本人にやさしいし、ご飯もおいしい(笑)。まだまだみんなのイメージする発展途上の東南アジアの国ですから、海外で働く練習として、最初にベトナムに来るのはありですね。

佐々木 ご飯おいしいですよね!学生時代にいろんな国を回りましたが、どこに住むかと考えたらベトナムだったんですよ。決め手は単純に衣食住です。ベトナムにも一カ月滞在しましたが、ご飯はどこに行ってもおいしかった。コーヒーもおいしいし、フランスの植民地だった歴史があるので、バケットとかサンドイッチとかも安くてとってもおいしいですよ。

中島 わりと多文化だから外国人が住みやすいですしね。中国や日本より英語が通じるので、英語ができればベトナムで普通に生活できます。

日本と現地
――どちらも理解している医師が今後求められる訳

中島 佐々木さんは海外の民間企業としてのお立場から、今後、日本人医師に対してどのような役割を期待されていますか?

佐々木 先ほど日本人がベトナムにたくさん来ているとお話ししましたが、一方で、昨年のコロナ禍が起こった後でも、日本には約45万人ものベトナム人が在留しています。これは国別で見ると、中国に次いで2番目に多い数なんです。その多数がいわゆる技能実習生や留学生と呼ばれ、労働目的で日本に来ている人たちです。

 コンビニにベトナム人の従業員がいたり、郊外の工場に行けば普通にベトナム人が働いていたりする。その数は、実は中国人よりも多くて、日本はすでに、身近にベトナム人がいる社会です。10年前とは比べ物にならないくらい相互に行き来していて、これからもその数が増えていくのは間違いありません。

 そう考えた時、日本とベトナムの両方を理解している人たちが、どうしても必要になると思うんです。私としては、日本とベトナムがこれからも良い関係性を維持していくために、相互に理解できる人材が増えることは大歓迎ですし、ましてやそれが医師だったら、どちらの国にとっても貴重な人材になると思います

 今後、日本で医師が開業した時に、ベトナム人を診ることも多くなるんじゃないでしょうか。その時、例えばベトナムの病気について知っていたらそのことを念頭に診ることができるし、その国を知ることで何かプラスになることがあるんじゃないかと思います。

中島 確かにそうですね。ベトナムにいる私としては、産業医学的なことに取り組んでいきたいと思っています。健康管理やメンタルヘルスなど、安全配慮義務に関わるような部分ですね。法律的に守られなきゃいけないのに守られていない人がいますから。

 また、今回のCOVID-19の感染を通じてベトナムの医療リスクは高いということがわかって、ベトナムのハードシップが上がり、その結果として企業進出のハードルが上がったと感じました。逆にそういったことから発生してくるニーズを解決することが新しいビジネスにもつながると思いますし、それに応えられたらと思っています。

 ちなみに、ビジネスって人があまり死なないのがいいですよね(笑)。もちろん皆さん命がけで仕事していらっしゃると思いますし、仕事が遠因となって亡くなる方がいることは理解しています。こんなこと言うと語弊があるかもしれませんが、臨床をやっていると本当に人が目の前で亡くなることが珍しいことではなく、その現場に立ち会うとすごくつらい気持ちになるので…。なので、そういう意味でもビジネスってすごく楽しいなと思いながら前向きにやらせてもらっています(笑)。

医師✕民間企業で生まれる大きな可能性

中島 最後に、日本の医師に向けてメッセージをお願いいたします。佐々木さんはどんな医師と働きたいとお考えですか?

佐々木 ベトナムでは人の命がお金で買えてしまう状況があります。私たちはそれを何とか変えたい。貧しい人でも社会的弱者でも、治療をしっかり受けられるようにさせたい。ビジネスを通して医療現場のボトムアップをして、環境づくりのお手伝いをしたいと思っていますが、その最重要アクターは医師であると確信しています。そういった役割を担う医師がもっと増えてほしいですね。ベトナムでは医療が満足に行われているかといえば、そうではありませんから。

中島 そうですね。データ面から補足すると、2016 年時点で人口 1,000 人に対して医師の数は 0.82 人と、深刻な医師不足が問題となっています(2015 年の OECD:経済協力開発機構平均値は 3.3 人、 2014 年の日本は 2.4 人)(※)。また、ベトナムでは一定の教育期間を終えるだけで医療者の資格が取得できるため、日本に比べると医療レベルは全体的に低めです。

佐々木 だから、人の命を大事にしてくれる人が一人でも増えてほしいというのが、純粋にベトナム社会が求めていることだと思うんです。

 日本人の医師の皆さんは命を大事にする気持ちを絶対持っていると思いますから、そういった方々に、ベトナムに来てほしいですね。きっと、「必要な人が来てくれた!」と感謝されるでしょうし、やりがいや生きがいにも関わってくるんじゃないでしょうか。

中島 そういう意味で医師が来てくれるステージとして、医療機関で臨床医として働くことがメジャーだと思いますけど、民間企業と組んで、ビジネスを通していろんな可能性を広げていくということもありでしょうか?

佐々木 もちろんです。私たち民間企業は、その場で治療はできませんが、いわゆるシステムを少しずつ変えたり、関連する種を撒いたりすることはできます。時間はかかりますが、少しずついい方向に進んでいくビジョンを持って取り組んでいるので、その点に共感いただいて一緒に働かせていただけると嬉しいですね。

中島 私にとってもクローバープラスで働く醍醐味は、『一人(医師)ではできないことが、ビジネスパーソンの力を借りることで実現可能になる』ということです。そしてベトナムでさまざまなヘルスケア系のビジネスパーソンと関わることで、ベトナムの医療を大きく動かせる可能性があるのも面白いと思います。

 診療医の仕事もそうなのですが、いろいろな仲間を巻き込んで、大きい仕事をやっていくというのは、海外で働く醍醐味じゃないでしょうか。

 今回は佐々木さんと普段話せないような話ができてとてもよかったです。ありがとうございました!

まとめや次回予告

 今回は、医師が働く場としてのベトナム市場の魅力を探るとともに、海外の民間企業が、今後日本人医師に期待する役割について、中島先生と佐々木氏にその展望をうかがいました。

 次回からは、中島先生と交流のあるNTT東日本関東病院の佐々江龍一郎先生、レニック・ニコラス先生がご登場。海外、日本それぞれの総合診療医の仕事内容やその役割、可能性について探っていきます。