海外で24時間365日オンコールに…でも「居心地良い」訳
グローバルに語ろう アジア医師と見る未来 その23
日本最大級の医療専門サイト であるm3.comのメンバーズメディア編集部様のご厚意で、ここに転載させていただけることになりました。将来海外で働くことを目指す医療者や、海外進出を考えているビジネスマン、そして医療系を目指す学生さんの参考になれば嬉しいです(マニアックすぎて需要がないか(´・ω・`)??)。
今回でシンガポールで働く産婦人科医の鍋島先生との対談も最終回です。
私も鍋島先生も海外に出てきて10年。
その経験から、海外での生活の様子や日本人が海外に出ることの意味について、いろいろ話しました。
(鍋島先生の同僚のシンガポール人医師宅でホームパーティー_画像は筆者提供)
グローバル化が進む昨今、医師にとっても「海外」が身近な話題となっています。日本人の約100人に1人が海外で暮らす現代、先生方ご自身が国外で活躍したり、自分が診ている患者さんが外国に移住したりすることをサポートしなければならないことも十分あり得るのです。
さらに新型コロナウイルス感染症が世界中で流行し、在留邦人に対する健康面・医療面のサポートのニーズが高まっています。いまや、医師という職業を続けていく上で、海外の事情に無関心では成り立たない部分があると言っても過言ではないでしょう。
本連載では、ベトナムで総合診療医とヘルスケアビジネスのアドバイザーという二つの顔を持つ中島敏彦先生がご登場。先生と関わりのある医師、看護師、ビジネスマン――国際的に健康・医療分野で活躍する方々を招き、グローバル社会の中で医師に何が求められているか、探っていきます。
鍋島寛志先生との対談は今回が最終回。シンガポールに移住して10年という鍋島先生から見た、海外生活の魅力や苦労を伺いました。
唯一の日本人産婦人科医として
24時間365日オンコールに…
中島 今回はプライベートでの生活なども伺っていきたいと思います。鍋島先生がシンガポールに住んで10年になるそうですが、最初から海外で長く働こうと思われていたんですか?
鍋島 全然思っていなかったですね。海外に行きたいとは思っていたけど、長くいたいとは思っていませんでした。シンガポールへ来る時に、今も在籍している東北大学の医局の教授には「ちょっと海外に行きたいんだけど 2、3 年で帰ってきます」って言ったんですよ(笑)。完全に嘘になっているんですが。
中島 私も同じですね、3年ぐらいで日本に帰るつもりでした(笑)。
鍋島 海外に行ってみたい気持ちはあったけど、居心地が良いとは思っていなかったんですよね。行ってみたら意外と居心地が良かったってことなのかな。
仕事の忙しさでいうと、日本でもシンガポールでも忙しい時は忙しいけど、家族で過ごす時間はシンガポールの方が増えました。
中島 でも、シンガポールだと日本人の産婦人科医は鍋島先生一人しかいないから、24時間365日オンコールですよね。
鍋島 そういう意味では日本よりきついです(苦笑)。私の代わりの日本人産婦人科医はいませんからね。それでも、日本よりシンガポールの方が時間は取れます。
日本の医師って診療以外の仕事が多すぎるんですよ。私は大学にいたので学生の世話もしないといけないし、教育、研究もして、論文も書いて、研究をするためには科研費をとらなきゃいけないからその書類も書いて、いろいろ付き合いもあるから学会にも行って…と、家に帰る暇がありませんでした。
日本人医師はみんな知り合い!?
中島 医師同士の交流や、在留邦人の方とのお付き合いはいかがですか?
鍋島 シンガポールにいる日本人医師とは、ほとんど全員顔見知りなんです。日本とシンガポール政府の間で締結されているEPA(Economic Partnership Agreement経済連結協定)の制度を利用した場合、シンガポールで医師免許を取得できる日本人は30 人までと決まっているので、そもそも人数が多くないためです。
勤務先同士は競合かもしれないけど、医師同士はライバルじゃないので、困った時はお互いに相談していますよ。新型コロナウイルス感染症が流行する前までは飲み会もやっていましたね。医師同士では密な付き合いができています。
それより面白いのが、シンガポールって日本人社会も狭いから、日本人であれば誰かどこかで必ずつながっているんですよ。日本にいる時より医師以外の友人や知り合いが増えましたね。日本にいると忙しすぎて、医師以外のコミュニティとはほとんど関わりが持てないですから。
中島 そうですね。
鍋島 医療従事者以外の人たちと知り合うチャンスがほとんどなかったんだけど、シンガポールに来ると、いろんなところで他の分野の人たちと会ったり、飲み会で医業と関係のない人と知り合ったりします。そういうのがすごく面白いと感じてますね。
中島 家族と一緒にいると、コンドミニアム単位のバーベキューに誘われたりするし、家族や子どもを通して人間関係が広がったりもしますよね。
鍋島先生がシンガポールで生活する中で、言葉や習慣・文化的な問題で困ったことってありましたか?
鍋島 生活面では何も困らないです。シンガポールは世界で一番日本人が暮らしやすい国だと思います。正直、英語を喋れなくても全然困らない。妻は英語がほとんど話せませんが、生活できています。
シンガポールは、日系のお店では日本語がわかる店員がいることも多いですし、身振り手振りでもなんとか通じるものです。新型コロナウイルス流行後は直接店に出向いて喋らなくても、ネット経由で色々注文したりするのが普通になりましたし。
そして、一番良いのは、シンガポール人は英語が下手でも聞いてくれるんですよね。アメリカに留学した時なんかは、「下手な英語は聞いてやらねえ」みたいな感じで聞いてくれなくて困りました。
中島 あるあるある、ありますね。そういうとこありますよ。
鍋島 ネイティブじゃないと馬鹿にされる、聞いてくれないところがあるんですよね。でもシンガポールは公用語が英語といっても、みんな英語は第二言語なんですよ。だから「お互い下手な英語でなんとか聞いてあげましょう」みたいな感じでなんとか聞き取ってくれるし、向こうの英語も大してうまいわけじゃない(笑)。
中島 確かにシンガポールにいた時「うちのおじいちゃんより英語上手だよハハハ」って言われたことがありました(笑)。うちのおじいちゃん第一世代だからさあ、みたいな雰囲気ありますよね。
良い事ばかりではなく…
世知辛い金銭事情
鍋島 シンガポールで暮らすのに問題があるといえば、とにかくお金がかかることですね。住居費、教育費、車にかかるお金は日本とは桁違いにかかります。マンションを借りようと思うと、2LDKの家賃でも月4、50 万ですからね。
中島 車本体の値段が日本で買うより3倍くらいするって聞いたことはありますが…。
鍋島 車本体も高いですけど、シンガポールは小さな島なので車の登録台数を制限していて、COE(Certificate of Entitlement車両所有権証書)という制度があるんです。いわゆるナンバープレートをオークションで購入しないといけないんですが、今だと排気量によっても違いますが、6万~9万シンガポールドル(500万円~800万円)くらいしますよ。
中島 ええええっ!?
鍋島 シンガポールの税収の3分の1はナンバープレート代です。だいぶそれで潤ってますね(笑)。
中島 じゃあ収入は…っていうと、人材派遣会社の値段表を見るとわかりますが、日本人医師と比べるとシンガポール人医師の方が給与は高い…なんてことがよくありますよね(苦笑)。
鍋島 そうなんですよね。シンガポーリアンは、給与が高いところにしか就職しないですから。
中島 人材派遣の人に、なんで日本人医師は安いんですか?って訊いたら、「安くても日本人の医師は来るから」って言われちゃいました。
収入を得る手段で言えばバイトや副業がありますが、鍋島先生はされていますか?
鍋島 僕はしてないです。EP(Employment Pass)という就労ビザを持っているんですが、その企業からしか給料をもらえないルールがあるんです。永住権をとれば副業も可能ですけどね。
日本批判でなく…一度は海外にと思う理由
中島 以前の対談でも話したことですが、海外での戦い方って、我々が思っていなかったようなところから来ますよね。こっちはボクシングをやっているつもりが、相手はプロレスでくるのに対応しなくちゃいけないというか。
だから、鍋島先生がシンガポールで10年間無事に過ごされてきたっていうのは、とてもすごいことだと思うんですよ。ぜひ、海外勤務や海外移住を検討している医師に対して、何かメッセージをいただけないでしょうか。
鍋島 海外に出るのは大変かもしれませんが、でも間違いなく、どんな事情であれ一度は出た方がいいと伝えたいですね。
日本って、あまりにも均一化されているというか、ガラパゴス化していると感じます。日本だけで世界ができている。海外に出るといろいろなカルチャーショックがありますが、それがポジティブであれネガティブであれ、一回経験しておくべきものだと思うんですよね。日本の現状に疑問を感じないとまずいですよ。できれば、まだ失敗が許される若いうちに外へ出た方がいい。
中島 出て分かることってありますよね。日本批判じゃなくて、出ることで世界ってこんなに自由なんだって知ることができるというか。私も、独身の若いうちに行くのが一番いいと思います。
鍋島 結婚するといろいろ制約が出ますからね。正直言うとこんなにシンガポールにいるつもりじゃなかったのは、本当はシンガポール以外の国に行きたかったからなんですが、家族がいるのでなかなか移動できなかったんですよ。
中島 海外に住むってことは仕事だけじゃなくて、家族のことや、自分の人生も変わってきちゃうので、本当は長期目標を立てながら、海外に来ないといけないと思います。でも長期目標を立てる頭のある人は海外へ出てこないと思うんですよね。
鍋島 思い切りがないと(笑)。
中島 そう、思い切りがないと、海外って出てくるものではないので(笑)。そういう意味でも、一番ラクなのは若いうちに海外へ出ることだと思います。日本の良さ悪さを感じるためには、最低 2 年ぐらいは住まないと分からないんじゃないかなって。それが難しいなら、短期間でも1 週間でもいいから、繰り返してもらえるといいですよね。
鍋島先生、海外出産やシンガポールでの生活についての貴重なお話をありがとうございました!
まとめや次回予告
今回は、シンガポールでの生活の中で体験されたことや、気づいたことなどを語っていただき、海外生活の魅力や医師が海外に出る意義について、中島先生と鍋島先生にうかがいました。
次回はシンガポールでの勤務を経て、現在は日本にいらっしゃる小児科医の吉國晋先生がご登場。海外のリアルな小児医療の現場から帰国後の医師キャリアまで、気になる点を深掘りしていきます。お楽しみに。