グローバルに語ろう アジア医師と見る未来 その5

「日本人患者が理解不足なのは…」医務官と臨床医の苦慮

日本最大級の医療専門サイト であるm3.comのメンバーズメディア編集部様のご厚意で、ここに転載させていただけることになりました。将来海外で働くことを目指す医療者や、海外進出を考えているビジネスマン、そして医療系を目指す学生さんの参考になれば嬉しいです(マニアックすぎて需要がないか(´・ω・`)??)。 

今回の対談にお招きした仲本光一先生は、元外務省医務官として数多くの国での勤務経験をもつ医師です。医務官としてだけでなく、海外邦人を医療面などで支援するNPO JAMSNETの理事としてもご活躍してらっしゃいます。海外での経験が豊富な、とても頼りになる方で、私が渡航医学分野の師匠と思っている方です!仲本先生との対談は全4回を予定しており、『医師として在留邦人社会をどう支えるのか?』についていろいろ教えていただきます。今回のお話のテーマは、『海外で日本人が遭遇しやすい医療的なトラブル』です。

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タンザニアの子どもたちと仲本先生(画像:筆者提供)

 グローバル化が進む昨今、医師にとっても「海外」が身近な話題となっています。日本人の約100人に1人が海外で暮らす現代、先生方ご自身が国外で活躍したり、自分が診ている患者さんが外国に移住したりすることをサポートしなければならないことも十分あり得るのです。

 さらに新型コロナウイルス感染症が世界中で流行し、在留邦人に対する健康面・医療面のサポートのニーズが高まっています。いまや、医師という職業を続けていく上で、海外の事情に無関心では成り立たない部分があると言っても過言ではないでしょう。

 本連載では、ベトナムで総合診療医とヘルスケアビジネスのアドバイザーという二つの顔を持つ中島敏彦先生がご登場。先生と関わりのある医師、看護師、ビジネスマン――国際的に健康・医療分野で活躍する方々を招き、グローバル社会の中で医師に何が求められているか、探っていきます。

 今回ご登場いただくのは、元外務省医務官として数多くの国での勤務経験をもつ仲本光一先生。医務官だけでなく、海外邦人を医療面などで支援するNPO JAMSNETの理事でもあります。4回にわたり、現地でのご経験を踏まえた知見を共有いただきます。

医務官と海外臨床医の出会いは「ブログ」

中島 仲本先生は、私も所属するNPO法人JAMSNET(ジャムズネット)でご一緒させていただいています。

仲本 中島先生と初めてお会いしたのは、たしかシンガポールでしたよね。

中島 そうですね。初めて「対面」したのは2019年ごろのシンガポールですが、私がインターナショナルSOSで働いていた2016年ごろに、海外の医師の情報を得ようと仲本先生のブログをよく読んでいました。先生は昔、『博士と弟子』というブログを書いていましたよね。

仲本 『博士と助手』です(笑)。医務官としてミャンマーやインドネシアで勤務していたころから、邦人へ情報を提供することが大事な役割だと思っていました。ですので、たとえば実際に対応した感染症の事例など、現地での経験をブログに書いていました。記事をまとめたものが本として出版されたりもしましたね。しばらく公開していなかったのですが、熱い要望を受けて先日より復刻版(https://hakajyo.blogspot.com/)を公開しました。

中島 私は総合診療を学びたくてシンガポールへ行きました。海外に医師として訪れるのは初めてで想定外のことばかりに出くわしました。なので、最初のうちは不安で不安で仕方がなかったんです。そんな時に先生のブログを知り、熱心に読んでいました。

仲本 私自身も、感染症の専門家ではなかったので、ミャンマーやインドネシアでは驚くことがたくさんありました。そこで調べたことを自分のためにわかりやすく書いていたんです。それを読んでくださった方は、中島先生以外にもたしかに結構いらっしゃいましたね。

中島 その後、私から仲本先生に「外務省医務官になりたいです」とメールを差し上げたこともあったのですが、この5年間、なりたいと言いつつ結局行動には移さずにいて申し訳ない気持ちです。新型コロナウイルスのパンデミックがなければ、とっくに行動に移していたと思うのですが……。今の状況では、ベトナムのクリニックを離れられないなと感じています。

仲本 頼りにされていますものね。中島先生のような方は貴重ですよ。

海外で医師として働く――「外務省医務官」という仕事

中島 仲本先生はどのようにして医師の道に進まれたのですか。

仲本 まずは、私が中高生時代にDNAの研究が進んだことから、生物学を学びたいと思ったんです。そして、医学部進学を志して青森県の弘前大学に進みました。ただ正直なことを言えば、大学時代は中高生のころのパッションを忘れて、ジャズサークルに入って遊んで過ごしていたのですけど(笑)。

 6年生のときにかろうじて国家試験に合格した後は、青森県に残る選択肢もあったのですが、関東出身の自分としては方言の壁が厚くて……。地元に戻り、横浜市大の医局で消化器外科医として10年間勤務しました。外科を選んだ理由は、人前で話をすることが苦手だったからです。

 中島先生も感じていると思うのですが、日本の医療の世界というのは、出会う人が本当に少ないんですね。将来の主な選択肢は、勤務医として勤め上げるか、大学で教授を目指すか、開業医になるか――。当時の私はどれにもあまり惹かれず、昔から外国へ行ってみたいと思っていたので、その観点でいろいろと調べていました。そうしたなかで、外務省医務官という仕事を知ったのです。

中島 外務省医務官として、さまざまな国に行かれたんですよね。

仲本 ミャンマー、インドネシア、インド、ニューヨーク、タンザニア、カナダを家族と一緒に約3年ごとにまわる生活をしていました。外務省医務官は、現地ごとの医師免許を得るわけではありません。海外にある大使館や総領事館などの、日本の在外公館で、外交官とその家族の健康管理を行うことがメインの業務です。いわゆる産業医的な役割を果たします。ほかには、在留邦人や旅行者からの保健相談に応じたり、災害発生時などの緊急時に邦人援護を行ったりします。

 とはいえ、ミャンマーのような国では、当時は日本人の医師が私1人だけ。現地の邦人が私を頼ってきてくれることが多く、厳密に言えば違法かもしれませんが、日本人会との取り決めのうえで“診療”したこともありました。そうやって過ごすなかで、大使館員よりも、邦人の方々のほうが大変だなと感じることが多く、サポート体制を整える必要があるのではないかと考えるようになりました。

中島 それがジャムズネットの活動につながっていくんですね。

「その保険額じゃ…」――現地で直面する日本人患者の問題点

中島 仲本先生が海外勤務を通じて感じた、邦人医療に関する課題は何ですか。

仲本 海外で邦人が日本の医療との違いに戸惑ったり、トラブルに遭ったりするケースをよく見聞きしましたが、その大きな原因が、日本人は保険に慣れてしまっていることだと思います。

 日本以外の国だと、ほとんどの場合において救急車は有料で、アメリカでは1回500ドルほど取られることもあります。救急でのトリアージを受けたうえで診療が決まる点も日本とは異なりますし、極端なことを言えば、アメリカではお金さえ払えば、より良い医療を受けることもできます。どんな人がいつ行っても同じような値段ですぐに診察が受けられる日本のシステムは、すごいことなんですよ。診察するのが教授でも研修医でも、診察費は変わりませんから。

 海外からみると、日本はすごく恵まれた国だと言えます。しかし、海外に出た邦人がそのことを知らないということは問題なんです。

中島 今、私もまさに同じ苦労を味わっています。私は患者さんから診察費を支払ってもらう側なので、「なんでこんなにお金がかかるんですか!?」とよく言われます。話を詳しく聞いてみると、皆さん、保険制度と海外旅行保険の違いを理解できていないことで、このような発言をしているケースがほとんどです。

仲本 外務省医務官として現地の邦人と接する際は、保険についての説明を必ずしていました。たとえばタンザニアという国で大けがや大病をしたとしますよね。そのときに海外旅行保険に入っていないのは最悪のケースですが、入っていたとしても、治療や救援の費用が300万円しか保証されていない場合、タンザニアよりも医療設備が整っているケニアに搬送されるのみ。それぐらいの対応しかしてもらえません。

 もう少し高額な保険に加入していれば、南アフリカまで運んでもらえます。南アフリカは治療的なレベルとしてはほとんど問題ないのですが、治療費と入院費をあわせて1日50万円ほどはかかります。最初から3,000万円以上の保証がある保険に入っていれば、けがや病気の状態によっては日本まで運んでくれます。

 そういうことを知らない在留邦人が本当に多いので、説明するときは必ず強調して伝えていました。

中島 海外旅行保険の補償は、保険会社の立場からするとコストですから、その費用はできるだけ削減したいもの。そのため、高額ではないプランがあるのですが、その額ではとてもじゃないけど日本には搬送できないという内容の保険に入っている人も多くて、ベトナムで治療して終わりという患者さんを実際に何人も見てきました。

 ベトナムの医療についてお話しますと、まずベトナムには、日本人が3万人くらいいると言われています。それなのに国外に長期在住する日本人のための「日本人会」がなく、現地でビジネスを推し進めることを主な目的といる「日本商工会」しかありません。さらに、以前は、日本人の医療の面倒をみる人がいませんでした。それではまずいということで、私自身が数年前にベトナムの医療情報をまとめて情報発信することにしたんです。

 その時に仲本先生が内容を見てくださり、お墨付きをいただいたことから、一般の邦人の皆さんに無料公開したという経緯がありました。そのころが、仲本先生とは最も密にやりとりをさせていただいていた時期です。それ以来ずっとお世話になっていて、私にとっては“渡航医学の師匠”的存在です。

まとめと次回予告

 次回は、仲本先生が邦人支援ネットワークJAMSNET(ジャムズネット)を立ち上げることになった経緯や、お二人が感じている邦人医療支援の必要性や課題などについて、さらにお話を進めていきます。

<参照>
JAMSNETホームページ
JAMSNET-東京ホームページ