コロナ禍でチャーター便が飛んだ! 裏にあった医師達の活躍

グローバルに語ろう アジア医師と見る未来 その28

日本最大級の医療専門サイト であるm3.comのメンバーズメディア編集部様のご厚意で、ここに転載させていただけることになりました。将来海外で働くことを目指す医療者や、海外進出を考えているビジネスマン、そして医療系を目指す学生さんの参考になれば嬉しいです(マニアックすぎて需要がないか(´・ω・`)??)。

今回もコロナ禍の始まりと共に始動した大使館や商工会、現地の日本人医師らを巻き込んだ大掛かりな入国プロジェクトについてベトナムの日本国大使館に駐在する岡部大介公使をお招きしてお話を伺いました。
今となってはベトナムと日本の間の行き来がだいぶ元に戻ってきましたが、2020年当時は大変な問題になっていました。
 

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(イメージ画像:PIXTA)

 グローバル化が進む昨今、医師にとっても「海外」が身近な話題となっています。日本人の約100人に1人が海外で暮らす現代、先生方ご自身が国外で活躍したり、自分が診ている患者さんが外国に移住したりすることをサポートしなければならないことも十分あり得るのです。

 さらに新型コロナウイルス感染症が世界中で流行し、在留邦人に対する健康面・医療面のサポートのニーズが高まっています。いまや、医師という職業を続けていく上で、海外の事情に無関心では成り立たない部分があると言っても過言ではないでしょう。

 本連載では、ベトナムで総合診療医とヘルスケアビジネスのアドバイザーという二つの顔を持つ中島敏彦先生がご登場。先生と関わりのある医師、看護師、ビジネスマン――国際的に健康・医療分野で活躍する方々を招き、グローバル社会の中で医師に何が求められているか、探っていきます。

 前回に続き、在ベトナム日本国大使館でベトナムの邦人社会をサポートする岡部大介公使がご登場。コロナ禍で日本人をベトナムに入国させるため、日本人医師がどのような役割を果たしたのか、入国プロジェクトに参加した中島先生と共に語っていただきます。

「コロナは死ぬことがある病気だ」
――説明しても困惑され…

中島 前回から引き続き入国プロジェクトについて、苦労した点などを語っていければと思います。プロジェクトに取り組んだ2020年当時は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対して緊張感の高い状態が続いていて、日本人社会もピリピリしていましたよね。

岡部 そうですね。ベトナムでは2020年の春先からかなり強いロックダウンがあったと記憶しています。2022年では1日10万人、15万人と感染者が出ているのに比べると、そこそこの数しか感染者が出ていないのに、非常に強いロックダウンがあったりして、緊張を強いられたのは間違いないです。

 その頃に苦労したのは、大使館からの情報発信ですね。COVID-19に関する医学的な情報やベトナム政府の動きについて、一部の在留邦人の方から「マスコミと内容が違う」とか、「マスコミに比べて遅いんじゃないか」といったご批判をいただくこともありました。実は、マスコミからの情報というのは正しくないこともあるんですよ。新聞記者が市役所や保健省に張り込んで取材をするんですが、まだ途中段階の情報を取材して、それを発信することも多いんです。大使館はルールが施行された後に翻訳して情報を出しますから、どうしてもタイムラグが起きてしまうわけです。

 いつもはないお叱りを受けたことは、在留邦人の皆さんの緊張感を反映している印象を持ちました。

中島 私も、情報の出し方については非常に気を遣いましたね。入国プロジェクトでいざ入国してもらおうとしていた時期は、COVID-19に関する武漢のデータが出始めていて、最初の株の致死率が2%ぐらいなのがわかってきた頃でした。もちろん当時はワクチンもありません。

 ですので大使館と協力して、入国プロジェクトの特別便を利用する方向けの説明会を開催しました。そこで「COVID-19は死ぬ可能性がある病気だ」と必死に説明し、「100人に1~2人は死ぬかもしれないがそれでも渡航するのか」「何かあったら責任を取るのは誰ですか? 医師ではなく、ご自身と企業です」と覚悟を問いました。でも、説明会を聞いているビジネスマンからも商工会の人からも「この医者はなんてことを言うんだ」って顔をされてしまって。商工会の方の引きつった顔は忘れられません…。

岡部 商工会としてはベトナムに来てもらいたかったようでしたし、その反応も致し方なしですね(苦笑)。

中島 そうですね(苦笑)。これは、やんわり言ってもわかってもらえないなと判断して、わりと強めに言うようにしました。とはいえ、皆さんがビジネスで頑張っているのはわかっていますし、希望を潰してしまうのもダメなので、リスクをしっかり理解してもらいながら希望は持てるように、みんなが喜べるいい結果を導き出すためにはどう説明したらいいか、情報の出し方にすごく苦心しました。

 その手段の一つとして、プロジェクトメンバーの弁護士に協力してもらって、僕が話したことを綺麗にまとめた同意書を作りました。限られた時間の中で納得してもらうために、とても有効でしたね。

 内容としては、ベトナムに来るにあたっての感染リスクや、COVID-19と診断された場合はベトナム政府の指示に従うというようなもので、いわゆる手術前のインフォームドコンセントの同意書と一緒です。もともと外科をやっていてよかったと思いましたね(笑)。その同意書はおかげさまでよくできていると評判で、今でも旅行会社さんが使ってくれているらしいです。

ようやくチャーター便が飛んだ!

中島 この入国プロジェクトで2020年6月に最初のチャーター便を3本飛ばして、以降は、民間で飛行機を飛ばすようになりましたよね。今回のプロジェクトが、日本から再びベトナムへの入国を動かすことになった印象があります。

岡部 厳密にはチャーター便ではないものの、実態としては、チャーター便に近いものでした。その飛行機が、ヴァンドゥン空港というハノイから車で3時間の場所に着陸し、近くにあるホテルで隔離生活を2週間送るというアレンジでした。大変な作業でしたが、飛行機が着陸して、日本人の皆さんが降りてきた時には、取り組んで良かったと思いました。

中島 私は正直こんな大きなプロジェクトに関わったのが初めてだったので、ベトナムの日本人社会ってすごいなって単純に思いました。チャーター便1本にしても、大使館、商工会議所、旅行会社、医師…そういう官民の垣根を越えて、これだけたくさんの人間が夜を徹して参加しているのを見て純粋に感動しました。あと、日本大使館がこんなこともやるんだってことが、単純に驚きでした。

岡部 大使館は敷居が高いように見られることが多いですが、実際にはそんなことはなく、我々は、いつもオープンにしているつもりです。パンデミックという大きな危機の中で、求められることを精一杯やったということです。

中島 一つ付け加えさせていただくと、他の国にある日本大使館に比べても動きが大変速かったし、すごくちゃんとしたものを我々はやったんじゃないでしょうか?(笑)

岡部 そう言っていただければ嬉しいです。日本企業としても設備のメンテナンスを担当する技術者を早くベトナムに派遣したいというニーズがあり、日本企業の工場が安定的に稼働するのはベトナム側の利益でもあるので、ベトナム側も協力をしてくれました。ヴァンドゥン空港へ出迎えに行った時、ベトナム政府高官も一緒に飛行機を出迎えてくれました。ベトナムと日本の友好的な関係がベースにあったと思います。

 チャーター便を飛ばした後に、日系航空会社がベトナム―日本間で週4便飛ばすようになって、我々の取り組みは2020年8月に終了となりました。その後、日系航空会社のご尽力により、毎月600人~900人ぐらいの日本人が、細々ではありますが、着実に日本からベトナムに来られるようになりました。

 私自身、少しでも日本の皆さまのお役に立ちたいと思ってこの仕事をやっているつもりですので、中島先生やベトナムの日本商工会議所の方々と昼夜を分かたず取り組み、ベトナム側当局の協力も得てプロジェクトを進め、結果として日本の皆さまがベトナムに入国される姿を見て、とてもうれしく、改めてやりがいを感じました。

中島 私が日本にいたら、ここまで大規模なプロジェクトに関わることはなかったと思うので、本当に勉強になりました。企業や従業員への説明では、産業医的な役割も果たせたと思っています。海外の日本人社会の中で医師は何をすべきか、強く意識したプロジェクトでしたね。

まとめや次回予告

 入国プロジェクトの苦労、そしてその成果について語っていただきました。次回は他国でも類を見ない、海外在住の日本人へのワクチン接種プロジェクトについてご紹介します。お楽しみに。