ワクチンの日本語資料が見つからない! その時医師がした事

グローバルに語ろう アジア医師と見る未来 その29

日本最大級の医療専門サイト であるm3.comのメンバーズメディア編集部様のご厚意で、ここに転載させていただけることになりました。将来海外で働くことを目指す医療者や、海外進出を考えているビジネスマン、そして医療系を目指す学生さんの参考になれば嬉しいです(マニアックすぎて需要がないか(´・ω・`)??)。

前回に引き続きベトナムの日本国大使館に駐在する岡部大介公使をお招きしてお話を伺いました。
今回お話していただくことは、大使館と日本人医師が在籍するハノイのクリニックが協働しながら行った、日本人への「ワクチン接種プロジェクト」です。
私自身もこのプロジェクトにはかなり初期の段階から参加させていただき、良い経験をさせてもらいました(もう二度とこんなパンデミックは御免ですが・・・)。
 

写真

ベトナムでのワクチン接種の様子(画像:筆者提供_以下同)

 グローバル化が進む昨今、医師にとっても「海外」が身近な話題となっています。日本人の約100人に1人が海外で暮らす現代、先生方ご自身が国外で活躍したり、自分が診ている患者さんが外国に移住したりすることをサポートしなければならないことも十分あり得るのです。

 さらに新型コロナウイルス感染症が世界中で流行し、在留邦人に対する健康面・医療面のサポートのニーズが高まっています。いまや、医師という職業を続けていく上で、海外の事情に無関心では成り立たない部分があると言っても過言ではないでしょう。

 本連載では、ベトナムで総合診療医とヘルスケアビジネスのアドバイザーという二つの顔を持つ中島敏彦先生がご登場。先生と関わりのある医師、看護師、ビジネスマン――国際的に健康・医療分野で活躍する方々を招き、グローバル社会の中で医師に何が求められているか、探っていきます。

 前回前々回に引き続き、在ベトナム日本国大使館の岡部大介公使にお越しいただいています。コロナ禍で日本人医師と現地の日本国大使館がタッグを組んだプロジェクトについて語っていただきます。

のべ5000人近くの日本人に
ワクチン接種!

中島 今回は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンが流通するようになったことからスタートした、ベトナム在住の日本人への「ワクチン接種プロジェクト」についてお話ししていこうと思います。

岡部 まず背景としてベトナムは、2020年に広まった初期段階の新型コロナウイルスについては強力なロックダウンでなんとか防ぎましたが、2021年に入りデルタ株が猛威を振るうと、ロックダウンでは防ぎきれない状況になってきました。イスラエルや欧米の国々でワクチン接種が始められるようになり、ベトナム政府は、日本政府に対し、ワクチンの供与を繰り返し要請していました。

 それを受けて日本政府は、2021年6月以降から2022年の初めにかけて、合計735万人分のアストラゼネカ製ワクチンをベトナムに供与しました。しかし、供与の初期段階では、ベトナムでのワクチン接種がなかなか進まなかったことから、ベトナム在留の日本人の皆さまから大使館に対し、「自分たち日本人もワクチンを早く受けられるようにしてほしい」という強い要望が寄せられていました。そのためわれわれ大使館は、ベトナム政府からワクチンを分けてもらい、ベトナム国内にあるローカルの病院でワクチン接種を始めました。

中島 初めは私が在籍しているような、日本人スタッフのいるクリニックで行ったわけではないんですね。

岡部 そのとおりです。ところが、ローカルの病院だと、在留邦人の皆さまにとっては言葉の問題がすごく大きいことがわかってきました。また、ベトナム政府との調整も接種のたびに必要でした。接種の機会を設定することも難しかったですが、加えて、接種の機会ごとに、在留日本人に接種希望をとって、事前にオンラインで説明会を開催して、現地でご案内して、病院と在留邦人の方々の間にトラブルが起きると間に入って事情を聴いて……というように、大変な作業でした。

 こうしたことから、在留日本人の皆さんのためにも、中島先生をはじめとする、日本人医師のいるクリニックでワクチンを接種できないかと考えたのです。それで、ハノイ市内にある3つのクリニック(さくらクリニック、Family Medical Practice Hanoi、Raffles Medical Hanoi)にお願いし、2021年の9月14日から11月の初頭にかけて、のべ3500人のハノイ在住日本人の皆さんにワクチン接種を実施しました。

中島 進めるにあたっていろいろ打ち合わせをしましたね。

岡部 事前にどういう説明をしたらいいのかとか、広報の仕方、接種する人数を把握するための調査の方法、接種時の手順など、綿密な打ち合わせをして、無事多くの方々に接種を受けていただくことができました。さらに、2022年に入って2月から3月にかけて、今度はファイザー製のワクチンをベトナム側から分けてもらい、合計1250人の日本人の方々にブースター接種を実施することができました。いずれも、在留邦人の皆さまからご好評をいただきました。写真

救急車を検査場として使用していた

最初のワクチンはアストラゼネカ製
でも日本語の資料がなくて…

中島 私がまず取り組んだのは、日本人への情報提供です。1、2回目のワクチンはアストラゼネカ製だったため副作用やエビデンスに関する日本語の資料が少なく、日本人向けにワクチンを説明するためイギリスやアメリカの資料を調べました。副作用や効果について全部日本語に翻訳して、日本人社会に浸透させる活動を行いましたね。

 プロジェクトを開始する前に、私のクリニックの周りに住む日本人向けに計4回オンラインセミナーを実施しました。当時は区から区の移動が制限されていて、タクシーなんかに乗って隣の区へ行ったりできなかったんです。そうすると歩いて行ける範囲のクリニックでワクチンを受けることになって、自然と自分のいるクリニックの周りの人たちを担当する雰囲気になったので、近隣の方向けにやったんですね。

 先行しているヨーロッパの国々のエビデンスを調べたりして「アストラゼネカ製のワクチンはこんな副作用がありますよ」「リスクとベネフィットを天秤にかけると、打たないよりは打つことをお勧めしますよ」とか。あとは、ベトナムでその時打てることになっていた、中国製やロシア製のワクチンよりは効果が高いことを、英語の資料を基に話しましたね。

 そのあと、1回目の接種はアストラゼネカ製、2回目はファイザー製という組み合わせになったので、そんな文献は日本語では見つかりませんでしたから、イギリスのNHSから提供されていた資料をひっくり返して…すごく勉強になりました(笑)。

岡部 大使館としても、医務官を中心に、ベトナム全土にお住いの日本人の皆様を対象としたオンラインセミナーを開催しました。そうした中で、アストラゼネカ製ワクチン接種によって血栓症になるリスクがあるということで、質疑応答などで不安はかなり寄せられましたね。その際に、中島先生がデータや文献を調べてくださったのが非常に助かりました。

中島 基本的に、当時ベトナムでスムーズに暮らしていくためにはワクチンを打たないといけなくて、ワクチンを打つ覚悟が決まっている人がベトナムで働いている状況でした。アストラゼネカ製のワクチンを打つのが不安な人は日本に帰っていましたね。

警察に止められて接種会場に行けない!?

中島 先ほども少しお話がありましたが、私たちのような日本人医師のいるクリニックでワクチン接種をする前、ローカル病院でワクチン接種を行っていた時にはどのような苦労があったんですか?

岡部 いろいろな大変さがありましたが、言葉でいうと日本語、ベトナム語両方できるスタッフが限られる中での人員配置は苦労しました。

 また、当時はロックダウンの影響でタクシーも止まっていたので、接種する方は自力でクリニックに行く必要がありました。しかしハノイ市は広いので、事前に予約していても、交通手段がなく行けなくなった人がいたり、移動制限措置が出されていたので、「警察官に止められて行けません」という苦情も大使館にあって警察署に電話して移動の許可をお願いしたり……対応はなかなか苦労しました。日本人医師がいらっしゃるクリニックでワクチンを打てるようになって初めて、順調に日本人への接種が進みました。

まとめや次回予告

 在留邦人へのワクチン接種のプロジェクトをご紹介すると共に、当時の状況や苦労したことなど赤裸々に語っていただきました。

 次回で岡部公使との対談も最終回。今回のプロジェクトで見えてきたパンデミック下での課題や、海外で働く意義、日本人を支える仕事ならではのやりがいについて考えていきます。お楽しみに。​

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