コロナ禍のあの国で、接触アプリがすぐ導入できた訳

グローバルに語ろう アジア医師と見る未来 その31

日本最大級の医療専門サイト であるm3.comのメンバーズメディア編集部様のご厚意で、ここに転載させていただけることになりました。将来海外で働くことを目指す医療者や、海外進出を考えているビジネスマン、そして医療系を目指す学生さんの参考になれば嬉しいです(マニアックすぎて需要がないか(´・ω・`)??)。

今回からはベトナムでWEBやモバイルアプリの開発/運用を行うIT企業「株式会社バイタリフィアジア」の代表取締役の櫻井岳幸さんにインタビューです。
私がClover plusでヘルスケアビジネスのアドバイザーをやっている関係で、医療IT系ビジネスの調査などの際にご紹介させていただいたり、何かと頼りにしている方です。

海外で医療系ITに関することや業務をやってみたいと思っている方がいれば、参考になりそうなことを、いろいろとお聞きしました!
 

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きっかけは1枚の絵?
頼れるITブレーンとの出会い

中島 以前ご紹介しましたが、私はヘルスケアビジネスのアドバイザーとしての仕事もしている関係で、「ベトナムのITや医療ITってどうなっているの?」という相談を受けることがあります。そういう医療IT系のビジネス相談を受ける際に頼りにさせていただいているのが、バイタリフィアジアの櫻井さんです。

櫻井 よろしくお願いします。今日はめちゃくちゃ緊張してます(笑)。

中島 いえいえ(笑)。こちらこそよろしくお願いします。櫻井さんの経歴と会社についてご紹介いただけますか?

櫻井 はい。元々はエンジニアで、現在は主にモバイルアプリケーションやWEBのシステム開発を行っている会社の経営をしています。IT人材不足やコスト削減の問題を解決するため、海外の会社に開発を委託・発注するオフショア開発を事業の軸にしているので、クライアントは日本企業が多いです。

 医学を学んできたり医療関係の仕事に就いていたりということはありませんが、エンジニア、システム開発者として、医師や患者さんが使う医療機器と連携するアプリや、医療データを扱うシステム開発などをしているという面で、医療と関わりがあります。

 プライベートではベトナムに移住して14年ほどになり、妻はベトナム人で、子ども4人は全員ベトナムの病院で生まれています。

中島 最初に櫻井さんにお会いしたのは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行する前の2019年夏頃ですね。クリニックからの帰り道に謎のアートというか、入口に凄いカッコいい絵を飾っている会社があって、なんの会社なんだろうって調べたのがお会いするきっかけでした。

櫻井 私はその前から一方的に中島先生のことは知っていました。というのも、こちらの日本商工会議所で広報委員をずっとやっていて、駐在の日本人向けに中島先生が医療や健康に関するセミナーやイベントに出ていらっしゃるのを見ていたので、ああ、あの先生か!という感じでしたね(笑)。

中島 フラフラとやってきてすみません(笑)。そのあとイベントにご登壇いただいてITの話をしていただいたり、一緒に飲みに行ったりしてビジネスの相談もさせていただくようになりましたね。

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中島先生と櫻井氏が知り合うきっかけとなった絵(画像:筆者提供)

COVID-19パンデミック下で
医療系システムが素早く行きわたった訳

中島 櫻井さんの会社がオフショア開発されているというお話があったように、日本とベトナムではシステムの開発力に関してはレベルに差がないと思いますが、システムを社会にどう実装させるか、そのやり方に大きな違いがある気がします。

櫻井 そこは、日本の比じゃないくらいベトナムは速いですね。特に医療系、今回のCOVID-19に関連するものはすごい速さでリリースされました。ここ1年で、保険省公認のアプリが20以上出ていました。

 ただ、それを実際に国民みんなが使っているかというと、認知されていなかったり、いっぱいありすぎてよくわからなかったりと、足並みはそろっていない感じがします。そこの意識を完璧に浸透させてからというよりは、後から整えていくのがベトナムのやり方だと思います。

中島 接触アプリやアプリのワクチン接種証明書は導入がものすごく速かったですよね。

櫻井 そうですね。ベトナムでは以前から、とりあえずなんの制限もせずに始めて、法整備などはあとで進める、できるタイミングで強制力をもってやる、という進め方をすることがありました。それが、COVID-19の時は全国民を巻き込んで行われた印象ですね。

遠隔診療や遠隔相談のプラットフォームを
たった2日で全国に導入!

中島 遠隔診療や個人の医療データであるPHR(Personal Health Record)の利活用に必要なプラットフォームって、日本だと民間で実施しようとしていると思いますが、ベトナムは政府の保険省がテレヘルス(Telehealth:国家オンライン診療プラットフォーム)を立ち上げています。

 首相命令を出したのが2020年6月で、2021年の8月にはもうベトナム全土にあるすべてのレベルの医療センターに導入されたんですよ。たった2日間でテレヘルスが普及していない328か所の医療センターに装置を導入するなど、とんでもないスピードでした。

 テレヘルスの導入により、遠隔診療や病院同士での手術などの医療行為に関する遠隔相談や、診断技術および訓練技術の遠隔トレーニングができるようになりました。ミーティングやカンファレンスのための装置って感じですね。

櫻井 COVID-19が流行する前から、ベトナムの大きな医療課題として、病院や病床、医師の数が日本に比べてとても少ないということがあります。中島先生や私が住んでいるハノイとホーチミンのような大きな都市には病院があるんですが、ちょっと地方に行くと病院の数はかなり少なくて、かつ地元の人たちは田舎の病院を信用していないんですよね(苦笑)。

 だからちょっとした病気でも、大都市にある病院で診療を受けたいといってわざわざ来る。地域格差が大きいんです。風呂敷担いだおばあちゃんみたいな人が病院の周りにたくさんいるような状態で、丸一日待ってでも診療を受けたいんですよ。

 ある程度遠隔診療ができれば病院にとっては効率が良いし、本当に必要な医療を提供できますよね。ビジネス的に考えても、より高度な治療をして、ちゃんとした病院の経営ができるような診療をこなさないと病院も発展しません

 そういう点で、ベトナムのリモート診療のニーズはすごく高かったので、ちょうどいい機会だと政府も思ったんじゃないでしょうか。

中島 テレグラムがベトナムの病院に普及して、病院同士の相談が可能になったのは大きいですよね。地方でこの患者さんで困っているという時に、中央の病院とコミュニケーションをとって相談できるシステムですから、わざわざハノイやホーチミンに来てもらわなくてもいい。

 日本では、オンライン初診は原則として「かかりつけの医師が行う」などの複雑なルールがありますし、なかなか難しいですよね。

櫻井 今、いろんな企業がリモートの病院経営をしていますよ。遠隔診療や医療データを使って事業をするようなスタートアップは日系、欧米系などたくさんできていますね。

政府公認が乱立!?
ベトナム式のシステム普及スタイルとは?

櫻井 コロナ禍ではいろんな企業が政府にアプリを売り込み、たくさんのアプリが政府公認になりましたが、1年後ふたを開けてみたら、あれ本当にこれ使っているのかな?動いているのかな?みたいなケースは結構見ますね。

 実装したからといって、最終的に使われるものになるかはわかりません。スピード感をもって政府公認でいろんなアプリを出して、その結果、特定のアプリだけを生き残らせる。それで、これに全部移行しろ、となるのがベトナムらしさですね。

中島 ベトナムではそうした進め方をよく聞きますね。ほかにもベトナムならではの事情で驚いたことはありますか? 私はすっかり現地に慣れてしまって…。

櫻井 以前、既存の電子カルテシステムと新規の遠隔診療システムを連携させたいという相談を大病院のとある医師とした時、「院内でも統一されていないシステムがあるから、個別で進めた方がいいよ」とアドバイスをもらって、ビックリしたことがあります。大きな病院になると、いろんな企業がそれぞれの医師に営業をかけて、医師が各々システムを導入しちゃっているみたいですね。今はどうかわからないですが。

中島 ああ、ベトナム人医師の中にはそうした営業に簡単に乗っちゃう人がいるのは事実ですね。新システムの営業が「試しにこのシステムを使ってみてください」と試験用の端末を置いていくんです。病院としては、PC代わりに使える端末がもらえておいしいので、簡単に契約までしちゃう、なんて話は聞いたことがあります。

 そういう取引というかコンプライアンスの部分は、ベトナムはまだまだ自由なのかもしれません(苦笑)。

まとめや次回予告

 ベトナムの医療ITをめぐる取り組みを通じて、COVID-19によって医療とITの連携がますます強まる現状を探っていきました。次回は、具体的な事例を通して、日本とベトナムのプライバシーに対する考え方や文化の違いをご紹介します。お楽しみに。