医師が患者情報を… プライバシーがない?国の裏事情

グローバルに語ろう アジア医師と見る未来 その32

日本最大級の医療専門サイト であるm3.comのメンバーズメディア編集部様のご厚意で、ここに転載させていただけることになりました。将来海外で働くことを目指す医療者や、海外進出を考えているビジネスマン、そして医療系を目指す学生さんの参考になれば嬉しいです(マニアックすぎて需要がないか(´・ω・`)??)。

今回も「株式会社バイタリフィアジア」の代表取締役で、私の頼れるITブレーンの櫻井岳幸さんにインタビューです。
プライバシーや個人情報に関する、ベトナムと日本の文化の違いについて、現地でのエピソードを交えて語っていただきます。


 

医師に身近な医療機器で進むIT事情

中島 前回は、国全体のシステムやプラットフォームについての話題でしたが、今回は身近にあるITについてお話を伺えればと思います。身近と言えば、勤怠管理システムがありますね。

櫻井 はい。当社では、出退勤はアプリを使って記録しています。

中島 うちのクリニックでも、カードをかざしてピッってやるシステムを使っていますけど、なぜか私カードをもらってないんですよね(笑)。

櫻井 え? そうなんですか?

中島 なんですかね、ベトナム人の労働者に対しては結構厳しく勤怠管理しているんですけど、外国人に対してめちゃくちゃゆるいんですよ。理由はわからないんですけど(笑)。

 でも、日本と違って、医師はきちんと2交代制ですね。朝シフト夜シフトでチームを分ける形で勤務しています。日本でたまに見るブラック病院みたいに“医師は定額使い放題制”ではないので、カードがなくても日本よりはホワイト環境な気がします(笑)。

 COVID-19の対応が大変な時は、土日も休みなしで働いていましたけど、普段はある程度余裕を持っている感じですね。

櫻井 当社では、実際に電子カルテや勤怠管理を医療機関に提供したことはないですが、家庭用の医療機器などは開発しています。血圧計や呼吸器、家庭用の心電図などの医療機器を制御したり、データを吸い上げてクラウド管理して見られるアプリをつくったりしています。

 そこでは、細かい個人情報の管理や、データを出す相手によって個人情報をどこまで開示するのかなど、細かい制御を確実にやる必要がありますし、研究機関にデータを渡したい場合は、そのままのデータを渡すことができないので、仮想的にクラウド上のバーチャル環境にデータを取得できるプラットフォームを開発することもあります。

 そういった医療データをいろんなサービスにつなぐ開発はたくさん進めていて、今、170人ほどの社員がいますが、そのうち3分の1くらいの現地社員は医療に関わるシステム開発をしています。

中島 相当手がけられていますよね。それはベトナム向けだけではなく、主に日本向けにやっているんですか?

櫻井 日本もありますが、中国、欧米向けもあります。発注元は日本が多いですが、サービスを提供するマーケットは世界各国で、いろんな国で使われています。個人データの規制や法律が国ごとに違うので、それに合わせたシステム設計や、データ削除を依頼された場合のオペレーションやシステム上の窓口の用意など、いろいろやりますね。

 家庭用医療機器に関しては、ベトナムと比べて、日本は圧倒的に進んでいると思います。ただ、日本だと病院のデータを第三者機関に渡して研究するとか、病院のデータをクラウドで管理して何か別のサービスにつなげるみたいなことは、とても難しいですね。

 やろうと思えば、病院で個人のカルテ、診療情報、その人の健康状態をデータ分析して、例えばその人が来院すべきかどうかの判断ができたりすると思いますが…。

中島 日本では規制が強いから、データはあるけどそんなふうには使えないですよね。

Facebookや一般的なアプリで
患者情報のやり取りも…

櫻井 個人データの活用でいうと、ベトナムは日本より断然やりやすいです。ここ2、3年で、企業が病院と連携して自動的に個人を判断できるシステムを作ったというニュースが流れていますが、分析をするうえで何万人分ものデータを使ったのでしょう。しかし、データを収集する際に「匿名化してデータを使います」という許可はとってないと思います。それがベトナムだと許されるんですね。

 わが家の話になるんですが、COVID-19で誰も外出しなくなった時期に、子どもが家の中で遊んでいて前歯をちょっと折ったんですよ。本人はすごく泣いているので、どうしようかと悩んでいたら、妻が以前かかったことがある診療所に電話したんです。そのまま医師とFacebookのビデオ会議で「どのくらい欠けましたか?」と診察が始まり、「これは神経まではいってないだろうな」とか、「歯茎からも血が出ていないし、本人は痛いと思うけどもうちょっと様子見て」という結論になりました。医療用の特別なアプリを使うんじゃなくて、普通のSNSでも個人情報を気にせずやり取りします

中島 日本でも、かかりつけ医がちょっとした医療相談を電話で受けることがあるかもしれませんが、ベトナムの医師って、メッセンジャーアプリなんかを使って患者さんの個人情報をパッと送っちゃったりしますね。レントゲン写真を撮って送ったり、これどう思う?って別の先生に見せたり、そういう緩さはありますね。

プライバシーがない?
ベトナムと日本との大きな感覚の違い

櫻井 ベトナムって日本ほどプライバシーを気にしていないんですよ。COVID-19で一番みんながピリピリしていたタイミングで、どこかの店で感染者が出たら、感染者が食事をした時にお店にいたお客さんの名前が公表されて、その人たちがそのあとどんな行動をとったかも全部公開されていましたし。

中島 それ自国民だけじゃなくて、外国人にもやっていましたよね。

櫻井 それで偉い人の浮気がばれた、なんて話もあったんですけど(笑)。日本だとそんなことをやれば、プライバシーの侵害だ!と大問題になると思いますが、ベトナムではそこまで問題にはならないんです。SNSを見ても、自分の顔写真や実名はもちろん、そんなこと公開する?っていうことも平気で公開する文化があります。

 ちなみに、妻が出産する時に、ベトナムの病院では家族が世話をするので私も一緒に入院したんですが、その時に私の電話番号が「最近子どもが生まれた人の番号」として流出してしまって…。ミルクの会社から営業の電話がいっぱいかかってきたり、看護師さんたちから「訪問して赤ちゃんのケアをしますよ」といった営業の電話がかかってきたりしました。そういうのはベトナムでは普通なんですよね。

中島 日本とベトナムの文化の違いは感じますね。患者さんが人工呼吸器をつけている横のナースステーションで、「ハッピーバースデー!」と言いながらケーキを食べたりするのは結構普通にありますよね。日本だと、そんなことやったらメチャクチャ文句が来ると思います(苦笑)。

 日本は、不幸な人がいると自分も何か不幸な気持ちにならないといけない、そうでなければ不謹慎であるという文化だと思うんですけど、ベトナムは、君は君、私は私みたいな感じがありますね。そういった国民性の違いも、個人情報の取り扱われ方に影響している気がしますね

まとめや次回予告

 個人情報の取り扱われ方やプライバシーに関する日本とベトナムの受け止め方の違いについて、エピソードを通じてご紹介しました。ITを推進する背景には法律や規制だけでなく、国民性も関係しているのかもしれません。

 次回で櫻井氏との対談も最終回。AIの活用の可能性と、医師のIT分野におけるキャリアの可能性について考えていきます。お楽しみに。