“儲け主義”医師も…健康保険制度がない国、院長の苦労

グローバルに語ろう アジア医師と見る未来 その35

日本最大級の医療専門サイト であるm3.comのメンバーズメディア編集部様のご厚意で、ここに転載させていただけることになりました。将来海外で働くことを目指す医療者や、海外進出を考えているビジネスマン、そして医療系を目指す学生さんの参考になれば嬉しいです(マニアックすぎて需要がないか(´・ω・`)??)。

今回も筆者がまだ研修医のころからお世話になっている、呼吸器内科医の溝尾朗先生にお話をいただきました。20年ほど前のシンガポールの日本人社会で起こっていたメンタルヘルスや健康の問題は、現在のベトナムの日本人社会でも同様に見られますので、今でも溝尾先生にはいろいろと教えていただいています。

写真

シンガポール日本人会診療所(画像は溝尾先生提供_以下同)

20年前から変わらない、
邦人社会に多い疾患

中島 溝尾先生がシンガポールで診療していた2000年前後って、今からおよそ20年前なんですよね。先進国であるシンガポールと、今、私がいるベトナムの邦人社会は20年遅れている感じがあるので、ちょうど溝尾先生が当時経験されたことと比較的近いことを、私はベトナムで経験しているんじゃないかと思っています。当時はどんな患者さんが多かったんですか?

溝尾 まず、私の医師免許では日本人しか診られないので、対応したのはほぼ日本人の患者さんでした。現地にいる日本人は若い人が非常に多くて30代から40代が最も多かったです。家族を連れて赴任している人も多くて、小児も含め家族を全部診る家庭医療をやっていました。

 私が帰国する際には、子どもから親御さんまでがメッセージをくれたりすることもあって、家庭医療の醍醐味を味わいましたね。

写真

患者さんからもらった手紙(一部加工処理を施しています)

 病気として多かったのは、環境になじめなくて発症するうつ病などの精神疾患でした。シンガポールの専門医に紹介したこともありましたが、英語が満足に喋れない患者さんは私のところに戻って来ちゃうんですよ。精神疾患は母語で診療しないとなかなかうまくいかないんです

 患者さんの立場はさまざまで、支店長として赴任して将来取締役で戻るような人や現地採用の日本人、普通の一般事務職で働いている人などいろんな方がいました。皆さん部下にシンガポール人がいるから、そこのコントロールが難しいとはおっしゃっていましたね。

中島 その問題は今も解消されていない感じがしますね。ベトナムでも、言葉が通じないから現地の専門医は頼れないし、帰国がメインの解決手段になってしまっています

溝尾 なんとか精神科の遠隔診療をできないかと思って、現地の通信系企業の社長と相談していろいろやってみたんですよ。でも当時は通信速度が遅すぎたり、画質が悪かったりしてとん挫したんです。

 その後もずっと、日本語で対応できる医師を探していました。すると、私が帰国する直前にようやく見つかったんです、日本人の心療内科医が!

 どこにいたかというと、シンガポールで働いている私の友人である歯科医の奥さんが、実は心療内科医だったんです。それで、うちの診療所に来てもらうよういろいろ手配をして、私が帰国する1カ月前に心療内科の外来を始めることができました。

中島 それは引き継ぎとしては完璧じゃないですか(笑)。

溝尾 いやあ、現地の人はすごく喜んでくれたみたいですね。

中島 今シンガポールって、日本人コミュニティのためのメンタルヘルスの支援団体ができたりして、世界の邦人コミュニティの中でもすごくメンタルヘルスを頑張っている地域だと思います。それって、冗談とかじゃなくて、溝尾先生がその心療内科の奥さんを発見されたことがきっかけで生まれた流れなのかもしれませんね。

紹介先探しも一苦労…その訳は

中島 溝尾先生は呼吸器内科がご専門ですが、総合診療のスキルはどうやって身につけられたんですか?

溝尾 当時は日本プライマリ・ケア学会が活動を少し本格化させてきた頃で、私もそこに少し関わっていたんです。総合診療についてはシンガポールに行く前から興味はあったので、そういった経験がとても役立ちました。でも、基本的には実際に患者さんとかかわってその場その場で勉強していった感じですね。どんどん新しいことが出てきますから。

 総合診療医に求められる役割として、現地の紹介先を探すということがあります。これも、実際に経験しながら身につけましたが、日本人に好まれそうな現地の専門医を探すのは結構注意が必要でしたね。

 シンガポールには健康保険制度がなく、すべて自由診療なので、常に患者中心とは限らず、儲け主義に走ってしまうドクターもいるんですよね。例えば、子宮筋腫や胆石など症状がなければ経過観察するような事例でも、手術を強く薦めてくる医師が時々いるんです。そういった医師の見極めには気を遣っていました。

 患者さんにも、「シンガポールで手術するときは一度日本人の医師にも相談してから決断しなさい」と伝えていましたね。もちろん、交通事故や感染症で入院しなきゃいけないような緊急時は問題ないんですが、待機できる場合には相談してもいいんじゃないかと。

中島 それ、完全に現在のベトナムでも問題になっていることです。溝尾先生がいらっしゃった時のシンガポールは、医療的にはミドルリスクで、今はローリスクな国になっているんでしょうね。

シンガポール勤務の日本人医師、
給与が下がっている理由があった

中島 当時の収入についてはいかがでしたか?

溝尾 当時は良かったですよ。例えば住居補助だけで月30万円くらいあったので、すごくいいところに住めました。でも今はだいぶ相場が下がっていますね。補助自体がない場合もあります。

中島 あー、確かにシンガポールでは当時と比べて下がっている気がしますね。たぶんそこはいろいろ事情があると思うんですよ。

 まず、シンガポールが先進国家になったので、海外駐在員に対して支給するハードシップ手当が減っています。ハードシップ手当とは労務用語で「海外駐在員に対して支給する手当」のことですが、これって日本での暮らしと生活水準や環境が変わることに対する手当なんですね。一般的に、日本より生活水準が低い国の駐在員に支給されることが多いんですが、シンガポールは「日本より生活水準が低い」とみなされなくなってきたのだと思います。

 もう一つは、シンガポールが日本人医師の就職先として人気になったからでしょう。行きたがる医師がすごく多くて、募集をかけたらすぐに集まるようです。そのため、需要と供給のバランスで給料が減ってきているという話は、人材系の人から聞きますね。

まとめや次回予告

 臨床の視点から海外勤務を振り返り、総合診療医としての仕事内容や求められる役割について語っていただきました。

 次回は、帰国後の医師キャリアについて語っていただきます。海外で院長職を経験された溝尾先生。その経験は、勤務医としてのキャリアにどう活かされたのでしょうか。お楽しみに!