ベトナムのCOVID-19のノート 2022年9月

世界の医療崩壊 現場の医師が見たリアル

医療崩壊進んだ国で、日本人医師の不安は健康や業務でなく…

久々の更新です。実はこのノートは、2021年の4月にベトナムにCOVID-19の第4波が訪れて、もうベトナムのどこであろうが感染するリスクがある状況になったのを機に更新していませんでした(仕事が忙しくなったのもあります)。 
2022年9月現在ももちろん、COVID-19の患者さんはよく見ますが、それと同時にアデノウィルス、インフルエンザ、その他さまざまな感染症でクリニックを訪れる方も多くいらっしゃいます。臨床的にはCOVID-19ばかりを気にしていられない状態で、むしろ他の病気としっかり鑑別診断を付けて、状態に応じて最適な治療を選ぶことが求められるようになってきました。 
 

この度m3.comでの『世界の医療崩壊 現場の医師が見たリアル』という特別企画に、私がベトナムで経験したコロナ禍の状況を寄稿するようにとご依頼を受けたのを機会に、この3年弱の振り返り、ということで記事を書きました。 
この3年はつらかったですが、私の医者人生の中でトップ5に入るぐらい遣り甲斐があった時期とも言えます。一生忘れることができないでしょう。 

以下本文 

 皆さま、こんにちは。2014年からベトナムにあるRaffles Medical Clinicで総合診療医として働いている中島です。

 ベトナムでは医療分野における絶対的な人員・物量不足が存在しており、日本と比べて医療体制が大変脆弱です。例えば2016年時点で、人口1,000人に対する医師の数は0.82人(2015年のOECD(経済協力開発機構)平均値は3.3人、2014年の日本は2.4人)、看護師1.43人(2014年の日本は11.24人)でした。その他さまざまな要因で、ベトナムの診療やケアのレベルは国際的な水準と比べれば低いとみなされています。

 そんなベトナムにおいて、新型コロナウイルスのパンデミックにより起こったことを今回はお伝えしたいと思います。

感染者はたった2人でも…
ベトナム政府のコロナ対応は

 2021年10月にベトナム政府がウィズコロナに向けた新しい対策を発表して以降、さまざまな制限が緩和され、今では街中で多くの外国人観光客やバックパッカーを見かけます。また経済の回復も順調で、2022年4~6月期のGDPは前年同期比7.72%増でした。

 しかし、新型コロナウイルスが世界で流行し始めた2020年初頭からベトナム政府が行った対応は苛烈を極め、経済的にも大きなダメージを被りました。

 当初ベトナムが行った新型コロナウイルス対策の主な柱は、以下の4つです。

 (1)入国者の隔離、国際便の停止、濃厚接触者・感染者の徹底的な追跡/隔離
 (2)感染拡大を抑えるために医療専門家・警察・軍隊を動員
 (3)広報・啓発にITを活用(コロナ禍のあの国で、接触アプリがすぐ導入できた訳
 (4)国民に対しての明確な情報提供、フェイクニュースの徹底的な排除

 例えば当時の首相は、国内感染者がたったの2人であった2020年1月27日には「国民の健康と安全の確保を最優先し、そのためには短期間である程度の経済成長の犠牲はやむを得ない」、「敵と戦うようにパンデミックと戦う」と明言しました。

 さらに1月30日(感染者は6人)には国内流行宣言が発令され、翌31日には中国との国境閉鎖が実施されました。加えて2月13日には、11人の感染が確認された1万人規模の村をロックダウンするという徹底ぶりでした。

コロナ対応の「優等生」から
クラスター頻発、医療崩壊へ…

 COVID-19の原因が従来株であり、水際対策や隔離措置などが有効に機能していた時期は、ベトナムは『新型コロナ対応の優等生』などと呼ばれ、国民からの評価も軒並み良好でした。

 しかし、感染力の増強したアルファ株やデルタ株の流行に起因する第4波が2021年5月頃に始まって以降、それまでの対策が通用しなくなり、工場などの労働集約型の職場や大規模病院、宗教集会などでクラスターが形成され、次第に制御ができなくなりました。

 また後進国であるがゆえ、医療体制の脆弱さ、ワクチンの開発や輸入、国民への初回接種がうまく進まなかったことも大きな問題でした。

 そして1日の死者が300人を超え続けた2021年8、9月ころには、日本人も多く住むベトナム南部最大都市のホーチミン市における致死率は4.95%にまで達しました

 当時のホーチミン市では、3オンサイトという対策(仕事・食事・宿泊を職場から出ずに行うこと:流行初期は主に工場や病院施設などで行われ、後に全ての企業や公的機関にも適用された)や、全住民の外出が基本的に制限される大規模なロックダウン(7月9日~10月1日)といった、日本では考えられないような厳格な対策が行われていました。

 それでも増え続ける感染者や医療ニーズに対して、医療従事者や医療機器の供給が追い付かず、政府が軍隊を派遣したり他の地域から集めた医療者を利用して野戦病院をいくつも設置したりもしながら対応しようとしていました

<参考>ベトナムビジネス特集Vol135 新型コロナ第4波の衝撃 感染は止められるか?

「ああ、このまま異国の地で死ぬかも…」

 私が勤めているRaffles Medical Hanoi/HCMC Clinicは、ベトナムに滞在している外国人向けの国際クリニックで、さまざまな国から集まった医療者が働いています。

 つまり国際的に移動することが多い方々が来る場所です。そのため今回の新型コロナウイルスのような、パンデミックを引き起こす可能性のあるウイルスに感染した渡航者が、最初に訪れる可能性の高い最前線とも言えます。

 それもあって2020年当初から私を含めてすべてのスタッフは極度の緊張に苛まれていました。特にこのウイルスの性質に関して情報が少なくワクチン未接種だった頃は、「ああ、このまま異国の地で死ぬかもしれないな、でもこういうときに日本へ逃げ帰るのはベトナムの日本人社会を見捨てるようで、格好悪い医者だな」などと逡巡したりもしました。

 ただし、新型コロナウイルスがベトナムで流行し始めたばかりの頃の感染対策は「とにかく隔離!!」でしたので、感染者または感染が疑われる人、濃厚接触者、海外からの渡航者などは国の主導で厳しく検査・隔離をされていました。そしてこの頃流行していたのは従来株だったこともあり、ベトナム政府の水際対策や感染者と濃厚接触者の隔離はうまく機能していました。

 ですので、当クリニックに感染者が来ることはほとんどなく、我々の役目は疑わしい渡航歴や接触歴、症状の有無を確実にスクリーニングしつつ、COVID-19以外の疾患を治療することでした。

 例えばCOVID-19疑いの方が来院した場合、クリニックの外に設置してある専用テントで迅速検査を行い、陽性であった場合には現地のCDC(保健局疾病管理センター)が患者を隔離したうえで対応をするというような運用です。

 またオンライン診療も普及し始めていたので、それを利用して隔離された感染者への対応や、隔離されることで精神的に孤立した方たちのメンタルケアなどに携わる機会もありました。

 とはいえ、当時の医療機関に対する一般の方々の警戒心はかなり厳しく、一緒に働いていたスタッフがスーパーマーケットで買い物していた時には、「病院勤めの人はこういう所に来ないでほしい」などの言葉を投げかけられるような状況でした。

進む医療崩壊、去っていくスタッフたち

 新型コロナウイルスのパンデミックにより、相当数の外国人が一時的に母国へ退避したり、外出禁止のロックダウンが繰り返されたりしていたことで、来院患者が大きく減少し、業務の縮小を強いられました。

 そしてホーチミンで医療崩壊が進み始めた頃には、クリニック内の雰囲気が暗くなり、何人もの同僚医師やスタッフがクリニックを去りはじめました。私も外国人労働者としての不安定な身分を強く再認識し、自分の身体の心配や業務上のストレスよりも経営的な先行きの不安感で、日本に帰ろうかなと何度も思いました「退職届書いて」海外で医師に仰天要求!? )。

 とはいえ、こういった状況は日本でも起こっていましたし理解可能な範囲と諦めて、ベトナムにいる限りは日本人の医師としてできることから貢献しようと切り替え、以下のような取り組みをしていました。

 1. ベトナムの日本人コミュニティへの定期的な情報発信(コロナ流行経て…海外医師が見た日本人の「弱点」
 2. 日本人ビジネスマンのベトナム渡航プロジェクト(コロナ禍で医師と大使館がタッグ! 入国プロジェクトとは?コロナ禍でチャーター便が飛んだ! 裏にあった医師達の活躍
 3. 在住日本人に対するワクチン接種プロジェクト(ワクチンの日本語資料が見つからない! その時医師がした事医師が“手弁当”で日本人のワクチン接種に取り組んだ訳

 やがて流行の原因が従来株からアルファ株やデルタ株に移り変わり、その感染性の増強による感染者の増加から、特定の医療機関だけで対応することが難しくなり始めたことをきっかけに、無症状の方や軽症患者の隔離場所が自宅へと移行していきました。そして最終的には、私が勤務する民間のクリニックでも日常的にCOVID-19の診療が行われるようになりました。

 現在は毎日のようにCOVID-19の患者さんがいらっしゃるだけでなく、インフルエンザやデング熱の流行も同時に起こり、同時感染をしている方も時々見かけるので、『これがウィズコロナか』と思いながら日々の業務にあたっております。

海外で活躍したいなら…
問われる「ヘルスリテラシー」

 2021年の日本の人口が約1億2,550万人であるのに対して、同年の在留邦人総数は約134.5万人で、100人に1人以上の日本人が海外で暮らしています。もはや海外に住むことは特別なことではありません。

 海外で元気に活躍するためには、健康でいることが重要です。何を当たり前のことを、と思われるかもしれませんが、糖尿病や高血圧のコントロールが悪かったりして不健康であると現地の医師に判断されれば、就労許可が下りず、本当に日本に戻されてしまうことは決してない話ではありません。もちろん、医師であってもあり得る話です。また、思いがけない事故や感染症にかかって、治療のために帰国する人も、前々から珍しくありません。

 つまり海外での活躍を望むのであれば、健康であること、自分自身で健康状態を正しく管理することが日本国内にいるときよりも重要になります。そのために現地の医療や安全に関する情報を正しく入手する能力、それを生活に役立てる能力、いわゆるヘルスリテラシーがより一層問われます。

 そして普段から高いヘルスリテラシーを持って暮らしていることは、今回のようなパンデミックを乗り越えるための、1つの力になるのではないでしょうか?

 ベトナムや海外で暮らす日本人の健康状態や、現地で注意するべき健康問題についてさらに詳しく知りたい方は、拙著『グローバル人材に必要なヘルスリテラシー 今注目のベトナムを事例に学ぶ Kindle版』をご覧ください(どさくさに紛れてさりげない宣伝をして終わりにさせていただきます)。