ベトナムにおける、メンタルヘルスケア
学会の抄録を作るついでに、本気でレポートを作成してみました。さてここからどうやって1200文字に落とし込もう(´・ω・`)。
以下本文
近年日本におけるベトナム人労働者は増え続けており、2020年に厚生労働省より報告された、「外国人雇用状況」の届出状況まとめ(令和2年10月末現在)によると、日本国内のベトナム人労働者は443,998 人 (外国人労働者全体の 25.7%、前年比 10.6%増) であり、今後しばらくは増えるものと予想されている。
それに伴い、以前から指摘されていた外傷やB型肝炎や結核などの感染症といった身体的な問題だけでなく、メンタルヘルスに関する問題も注目されるようになってきており、自殺に至った例も報告されている。ベトナム人に限らず海外渡航に伴うメンタルヘルスの不調が起こりやすいことは、以前から指摘されており、渡航前にメンタルヘルスの評価をしておくことは重要である。
今後さらに増加することが見込まれる、ベトナム人労働者のメンタルヘルス問題に対応するために、ベトナム国内のメンタルヘルスケアの状況を知ることは、今後の臨床や研究の一助になると考え、2021年8月時点で入手可能な資料や情報から、以下のようにベトナム国内におけるメンタルヘルスケアの状況やそれに関連する事項を総括した。
【ベトナム人の気質】
ベトナムには長い間中国に支配されていた歴史があり、儒教などの中国文化が根付いている。またフランスの植民地となったり、アメリカとのベトナム戦争などを経験したりしながらも独立を勝ち取ってきた経緯があり、国民の間には「自分達の生命や財産は 自分達で守る」という意識が強い。それを象徴するベトナムの諺として、「王の掟も村の垣根まで」というものがある。つまりベトナム人にとっての社会の最小単位は「家族」と「村」であり、血縁や地縁の結びつきを大切にする個人主義的な性質があるといえる。
しかしながら急速な都市化が進むハノイやホーチミン市などでは、日本と同様に核家族が進んでおり、高齢者のケアをヘルパーなどに頼るようになってきており、金銭で家庭内の問題を解決する傾向も認められはじめている。(引用文献:公益財団法人ハイライフ研究所. 日本アジア共同研究プロジェクト. 取材レポート「アジアの都市ライフスタイル新潮流」. 「ホーチミンの都市ライフスタイル新潮流」(連載4回))
【ベトナムの経済状況】
ベトナムでは急激に経済が発展しており、ベトナム政府は2030年までに「近代的な工業を有する上位中所得国」になることを、2045年までに「高所得国」になることを目標として掲げている(参考文献:日本貿易振興機構(JETRO) アジア経済研究所. IDEスクエア. ベトナム共産党第13回党大会の結果(3). 経済発展の方向性(坂田 正三))。
しかしながらこのような状況は、大都市において大きな経済的格差をもたらし、社会的不安要素ともなっている。
【ベトナムの医療提供体制】
ベトナムは医療分野においては先進国に比べれば医療の質、安全性、保険制度に関して未だ課題を多く残す国である。UNICEFによって調査された2019年時点のUnder-five mortality rateの比較では、日本では2.5/1000Live Birthsであるのに対してベトナムは19.9/1000Live Birthsであった。
ベトナムにおけるヘルスケアは中央、省、軍、コミューンの4つのレベルに分かれ、プライマリケアまたは地域密着型サービスとして提供されている(引用文献:平成29年度医療国際展開カントリーレポート 新興国等のヘルスケア市場環境に関する基本情報 ベトナム編より、ベトナム社会主義共和国への医療輸出と医療技術支援のあり方 〜医療の質と安全の確保の観点から〜)。
メンタルヘルスケアに関しては地域密着型メンタルヘルスプログラム(The community-based mental health program (CMH))という形で提供されており、統合失調症、うつ病、てんかんなといった精神障害に対する優先的に無料の治療提供、定期的な医療相談、経済的・社会的支援などがサービスに含まれる。
【ベトナムのメンタルヘルスケアの実情】
WHOから2014年に報告されたMental health Atlas country profile 2014によると、精神障害を患っている人は2,570人/10万人(2.57%)であり、自殺は5.0人/10万人(0.005%)であった。これに対して同年のベトナムの国立精神病院からの報告では、精神障害の有病率は14.2%と報告されている。これに対してDuong A. V., Ewout V. G., Jodi M., Thai H., Reinhard B..Mental health in Vietnam: Burden of disease and availability of services. Asian J Psychiatr. 2011 Mar;4(1):65-70.の報告では、精神障害の有病率は14.9%、1200万人がメンタルヘルスケアの介入を必要としているとされ、アルコール乱用(5.3%)が最も頻繁に見られ、続いてうつ病(2.8%)不安障害(2.6%)、統合失調症(0.5%)とされていた。このように報告によって大きな違いが認められ、今後さらなる疫学調査が必要であることがわかる。
いずれにせよベトナムのメンタルヘルスケアの提供体制は、人口10万人に対してわずか0.63人の精神科医、0.1人の心理士、精神病床数は6.8病床、国内の精神病院はわずか39病院、一般病院内の精神科は19、精神障碍者用ナーシングホーム(Residential care facilities)の登録は0と報告されており、治療ギャップが非常に大きく、今後特に改善を求めれている分野であることは明らかである。
前段で述べたCMHに関しても、ベトナムのメンタルヘルスケアにおける目標の一つと見なされているが、現実的には統合失調症とてんかんの取り扱いが注目されており、有病率の高いうつ病に対する議論は遅れている。2006年の報告であるが、ベトナムの精神病院で治療を受けている患者の主な理由は、統合失調症(60%)、気分障害(15%)、神経症(15%)とされており、メンタルヘルス障害への介入が、前時代的であることをうかがい知ることができる(引用文献:WHO and the Ministry of Health Vietnam. Mental health system in Vietnam. 2006. Accessed 29thAug 2021.)。
Lia V. D. H., Pamela W., Thang V. V., Vuong D. K. D., Jacqueline E. W. B.Mental health in Vietnam: Burden of disease and availability of services. Asian J Psychiatr. 2011 Mar; 4(1): 65-70.によれば、ベトナムにおけるメンタルヘルスケアは主に、患者の家族や地域社会にから提供され、医療として提供される機会は少ないとされている。そしてこれらの状況は、他の発展途上国と同様に人々の間にメンタルヘルスリテラシーの欠如とメンタルヘルス障害の治療に対する偏見によって生じており、患者家族に対するスティグマや差別にもつながると結論付けられている。この状況は地方に行くほど悪化する。
社会としてのメンタルヘルスサービスの提供は、スティグマなどの社会文化的障壁によって影響されるので、ベトナムにおけるメンタルヘルスケアサービスを理解するためには、同時にベトナムの社会文化的背景も理解する必要がある。一例として、ベトナムにおける精神科医は“bác sĩ tâm thần”と呼ばれており、日本語に直訳すると「狂気を治療する医師」である。
【その他問題】
これまで述べてきたベトナムの現状に加えて、今後日本で働く可能性が高い若年世代のメンタルヘルス問題を知るうえで重要と思わる事項を追記しておく。
まず一つ目として、古くから指摘されている問題として、麻薬が入手しやすい環境であるということがあげられる。ベトナムは麻薬の生産で有名なゴールデントライアングル(タイ、ミャンマー、ラオスの3国がメコン川で接する山岳地帯)から密輸された麻薬の中継地点となっており、薬物絡みの事件は頻繁に起こっている。特にベトナムの様な発展途上国では薬物・HIV・結核という問題はしばしばひとまとめの問題として扱われることもある。
二つ目としては、これまで述べてきたように、メンタルヘルスケアの領域においてベトナムは未だ発展途上国的な部分が多く認められるが、オンラインの普及によりゲーム依存症が問題となっている。結果として近年若年者層のメンタルヘルス問題も頻繁に取り上げられるようになってきているのは大変興味深い部分でもある。2018年にUNICEFから発行されたMental health and psychosocial wellbeing among children and young people in selected provincesによれば、ベトナムの様々な地域で暮らす14歳から18歳の若年者において、約12パーセントがメンタルヘルスの問題を抱えており、なかでも多かったのはうつ病、不安障害、孤独感、注意欠陥多動性障害であった。
最後に
以上、調べうる文献を用いての総括ではあるが、日本にいるベトナム人労働者の方々が、健康に過ごすための一助となれば幸いである。
2021年8月29日
Clover Plus Co.,LTD
医療産業アドバイザー
中島敏彦